第6話 華麗なるリハーサル

第6話 華麗なるリハーサル

 

 

夜はまだ終わらない。

サトシの劇団のリハーサルを見学しに行くことになっていた。彼から教えてもらった住所を頼りに僕はバスで移動した。

 

バスから降りてグーグルマップを頼りに歩いていくと、僕は住宅街へと導かれた。

目の前には家々が立ち並び、それ以外には何もないように感じられる。本当にリハーサル会場はあるのだろうか。

僕はマップを信じて歩き続けた。

 

なかなかたどり着けないので僕は不安になり、近くを歩いていた20代前半くらいの女性に道を尋ねてみた。

しかし、その女性はそんな場所は知らない、と考える素振りも見せずにさっさと歩いていってしまった。

きっと彼女にナンパだと思われたに違いない。僕にそんな気は毛頭ないのだが、こうも冷たくあしらわれてしまうとけっこう傷つく。

 

彼女以外に歩いている人を見かけなかったので、僕は自力で会場を探し当てなければならなかった。

入り組んだ道を進み、どうにかグーグルマップが示す場所に着いたのはいいものの、そこにはバーがぽつんとあるだけだった。サトシにメッセージを送って、しばらく待ってが返信が来ない。

 

バーの店員さんに、ここらへんで劇団のリハーサルがやってないかと尋ねてみたが、店員は頭上にはてなマークが見えそうなほどポカンとした表情を浮かべ、知らないと返した。

はて、どうしたものか。

 

ここにいてもほかにやることがないので、もう帰ろうかと思い始めたときにサトシから着信が入った。

リハーサルは建物の二階で行われていて、彼が僕を迎えに来てくれるとのこと。

 

数分後に彼はバーの横にある通路からひょっこり現れた。知っている人にしかわからなさそうな入り口だ。

ハリーポッターの世界に通じているかもしれない。

 

彼についていくとそこには階段があって、階段を上ったその先には学校の教室くらいの広さの部屋があった。

その中で20人ほどの劇団員たちがいて休憩していた。

 

サトシが劇団員たちに僕のことを軽く紹介したあと椅子を用意してくれて、僕は隅っこに座ってリハーサルを見守ることとなった。

詳細は知らなかったが、僕はてっきりセリフがある劇だと思っていた。しかし、僕が見たものは一般的な劇ではなかった。

 

それは中国古典舞踊と呼ばれるものだろうか、曲に合わせて華麗に踊り、動きで感情やストーリを表現していた。

僕は予備知識ゼロであったが、それでも劇団員ひとりひとりの細かな動きから、普段は見ることのない洗練された美しさを感じ取ることができた。

 

決闘のシーンがあったり、男女が愛を伝えるシーンがあったり(ベッドシーンではありませんよ)と、見ていて退屈しなかった。サッカーをしている僕には、彼らの身体能力の高さは常人をはるかに超えているように感じられた。

 

いつの間にか、劇団員たちは拍手喝采で盛り上がっていた。どうやらリハーサルの全行程が終わったようだ。

サトシの締めの挨拶が終わると、半分くらいはそそくさと帰っていった。僕は一応ひとりひとりにお辞儀をしたが、みんな素通りしていった。

 

その後、劇団員ふたりが急いで部屋を飛び出し、しばらくすると、ろうそくがついたケーキを持って戻ってきた。

 

それから劇団員全員が誕生日のメンバーを囲み、ハッピーバースデーの歌が始まった。

ただ見学に来ただけの僕は、もちろん輪の中に入れない。どうしたらいいかわからず、とりあえず遠慮気味に手拍子だけはしておいた。

あまりノリノリにやって、何こいつ粋がってんだよ、と思われても嫌だし、何もせずにノリが悪いと思われても嫌なので、この状況では小さい手拍子がちょうどいいくらいなのだ。

 

そのままケーキを顔にベッチャリというパターンなら僕も輪の中に入れたかもしれないが、そんなことは起こらなかった。

芸術エリート系の集まりらしく芸術的に、均等にケーキが切られみんなに配られた。僕を除いて。

当たってはいるが、非常に、完全なる部外者扱い。

 

これでいいのだ。アメリカで見るようなカラフルなケーキだったので、僕は欲しくなかった。強がりではない。本当のことだ。

 

お祝いが終わって落ち着くと、サトシがメンバー数人を誘い、みんなで杏仁豆腐を食べに行くことになった。きっとシンガポールでは杏仁豆腐が日本のパンケーキ的な役割を果たしているのだろう。

 

テーブルを囲んで座るとみんな僕に、どこから来たの、このあとはどこへ行くの、気をつけてね、などの当たり障りのないことをきいてきた。

大勢のグループだとあまりしゃべれない僕は、彼らの質問に真面目に答えることに終始した。

 

 

 

写真のときはみんなと打ち解けているふりをしたのだが、僕だけかなり浮いていることがこの写真で浮き彫りになってしまったようだ。僕の固い表情にも、僕がどれだけ気まずい思いをしているのがにじみ出ている。

 

 

店を出ると、それぞれの帰路についた。

僕とサトシはバスに乗ってアパートへと向かった。

 

 

 

 

 

やはり、僕は少人数の方が安心するのであった。

 

 

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