1時間の内の9割をパドリングに費やした僕の腕は、今までに体験したことないほどにパンパンに張っていて、ただ体にぶら下がっているだけのようだ。
それでもボードを返しに行かなければならない。
すべての建物が高床式倉庫のようになっているので階段を上るのだが、これまた反り立つような急な傾斜になっていて、疲労困憊の僕に追い打ちをかけてくる。
途中で陸に上がったマルセロとリッキーは、疲れた様子などまったくない。なんか悔しいぞ。
無事にボードを返すと、レンタルショップにシャワールームがあったので、リフレッシュする意味でもシャワーを浴びることにした。
シャワールームに入り、蛇口をひねると冷たい水が出てきた。よし、まずは頭からだ。
冷たい水が頭を濡らし、ひんやりとして気持ちいいと感じる間もなく、水が胴体に達した瞬間にやけどしたときのような激痛が走った。
僕はあまりの痛みに水をすぐに止めた。このシャワーの水は硫酸かとも思ったが、原因は水ではなく僕の体にあるようだ。
日焼けしすぎた首や肩からの痛みだろうか。首や肩を触っても痛くはない。もう少し下なのか。
僕はついに痛みの出どころを発見した。
乳首だ。乳首がいつもの2倍に真っ赤に腫れ上がっている。そうか、パドリングをしているときにボードで乳首が擦れまくっていたのか。ボードに立つことに夢中で、乳首が擦れて勃っていることには気づかなかった。
なるほど、ラッシュガードと呼ばれるものを着ているサーファーが多いのは、摩擦から乳首を守るためだったのか。
何も着ていないサーファーは、きっとすでに乳首が取れてしまったので保護する必要がなくなったか、乳首が擦れすぎて固くなり、もはや摩擦の影響を受けなくなったかのどっちかだろう。
僕は乳首を刺激しないように気をつけながらシャワーを浴びた。
シャワーのあとはTシャツを着るのだが、これまた乳首にありえないほどの摩擦を与える。しかも、着たら終わりではなく、少し動くだけで乳首に激痛が走る。僕は、一時的な解決策として、Tシャツが乳首に触れないように猫背で歩くことにした。
シャワー室から猫背で出てきた僕を見て、マルセロとリッキーがどうしたのかと聞いてきた。
僕は正直に答えた。
乳首がボードに擦れて無くなっちゃった。その傷口が痛い・・・。
ふたりは大爆笑した。一応補足しておくと、ふたりは乳首が無くなったのは冗談だと知っている。
これが後に僕の十八番ネタとなる「乳首ロス事件」である。
誰かにサーフィンしたことあるか聞かれたら、
「バリで初めてサーフィンしたら、摩擦で乳首が無くなったから移植手術が必要なんだ。君の乳首が必要だ」
と男女問わずに答えることにしている。
先に上がっていたマルセロとリッキーの乳首は無事ですんだようだ。そのあと2日くらいは猫背で歩かないと、乳首が無事ではすまなかった。
決して変な声は出していないので安心していただきたい。
僕は、このことがトラウマとなって、それ以来サーフィンはしていないのだが、サーフィンに初挑戦する男性諸君にはアドバイスしておきたい。
乳首は大切に。
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