失意のまま帰路についた僕に、さらなる悲劇が起こったことを読者に伝えておかねばなるまい。
クタは年明けということもあり、観光客でいっぱいだ。それに伴ってタクシーやレンタルバイクも増えて、大渋滞を引き起こしている。
マルセロとリッキーに鍛えられた僕のライディングスキルも、二人乗りではDJガールに遠回しに下手くそ扱いされたが、ひとりのときはお手の物。
これまで苦手だったすり抜けも、何度も経験することによって苦にならないまでになっていた。
本当はアクセル全開でかっ飛ばしたい気持ちでいっぱいだが、大渋滞の中でも、微妙なアクセル加減を調整して運転を楽しんでいた。
しかし、事故とは慣れてきた頃に起こるもので、僕の場合も例外ではなかった。
宿に帰るため、僕はスクーターを走らせ、他の人と同じように車の脇からすり抜けていた。
道沿いにはたくさんの飲食店やホテルなどが立ち並び、路肩にはたくさんのスクーターが詰められて路駐されている。
僕はそのバイクたちに接触させないように集中して運転していた。
途中、他よりも少し車道側にはみ出して路駐されているスクーターが1台あった。
僕が乗っているスクーターよりも少し大きな前方のバイクが何事もなくすり抜けたので、自分も行けるだろうと慎重さを欠き、そのままのスピードで一気に通り抜けたときだった。
バキッ。何か音がしたので僕はスピードを落とした。後ろを見ると、プラスチックのカバーらしきものが落ちている。
「おい、そこの君、止まりなさい」
すぐにスクーターが止まっている目の前のホテルのセキュリティらしき大男が僕に言い放った。
そのまま逃げることもできたかもしれないが、ここは読者に僕がどれほど正直者なのかアピールせねばなるまい。
僕はすぐにスクーターを停止した。
実際のところ、正直者というよりは、僕は指示されるとその通りに動いてしまう「指示待ち人間」なので、反射的に止まっだけではあるが。
ホテルのスタッフとしゃべっていたセキュリティの男が僕の方に歩み寄ってきた。
「オレはお前がバイクをあてて、(落ちたパーツを指さしながら)このパーツを壊したのを見た。このバイクはオレのホテルの客のものだから、オレはお前が弁償するまで逃さない。わかったら金を払え」
男は約5000円を払って弁償しろ、と言う。
5000円といえば、バリではかなりの大金である。バイクの修理にこんなにかかるはずがない。沖縄で僕は自分の車を自分で修理しているので、車の部品がどれくらいの値段かは大方の予想がつく。バイクの部品もそんなに変わらないはずだ。
僕はすぐにスマホを取り出して、日本のサイトでマフラーカバーの値段を調べたが、案の定、1500円しかしない。
結論、こいつ、ぼったくるつもりだな。その手には乗らない。
どうしたものかと僕は壊れた部品とバイクを観察し始めた。壊れた部品は、どうやらマフラーのカバーで高温になるマフラーに触れないようにするためのものらしい。ボルト2本で止まっているだけで、ぶつけた衝撃でボルト固定箇所が割れてしまったようだ。
僕が乗っている方も観察して、マフラーカバーがどのように固定されているのか確認した。と、ここで気づいたのだが、二台とも同じ型のスクーターで、割れたマフラーカバーを僕の方と合わせてみると、ぴったり合う。しかも僕のスクーターの方が新しい。
ここで僕はピンと来た。もう夜遅いので部品屋は閉まっている。そこで、まずは僕のスクーターのマフラーカバーを壊れた方のスクーターに移植する。そして明日の朝、部品屋で新しいマフラーカバーを購入して僕のスクーターに取り付けるという流れがこの状況での最良の選択だ。
しかし、ここで問題となるのが工具だ。修理工場から借りることもできるかもしれないが、今は閉まっている。男は、明日まで待てない、今すぐ何とかしろと言う。さすがにコンビニに工具は売ってないだろう。
ここで、自分でも驚くほど冷静だった僕はさらに閃いた。
僕は宿泊している宿から工具を借りられると踏んだ。
必要なのは、10ミリの六角ボルトを外すための一般によく使われる工具。ソケット、メガネレンチ、スパナでも、最悪モンキーレンチでもいい。簡易工具セットの中に必ず入っているものだ。
僕はすぐにセキュリティの男に、オレが修理する。自分のバイクをここに置いて工具を持って戻ってくるから待っててくれ、と話すと、男は承諾してくれた。
僕はすぐさま歩いて宿に向かった。
バイクだとすぐ着く距離だったが、早歩きでも15分かかってしまった。早歩きで汗だくになってしまったが、そんなことを気にしている暇はない。
僕がスタッフに話すと、思惑通り簡易工具セットがあって借りることに成功した。
すでに修理完了して、セキュリティの男にドヤ顔で手を振って去る自分の姿が思い浮かぶ。
僕は嬉しくなって、行きよりもスピードを挙げて競歩並みの速さで現場へ向かった。
現場へ戻ると、ホテルのスタッフと話していたセキュリティの男が話していた。僕が声をかけてやっと気づいてくれた。この調子なのに、なぜオレがぶつけたときだけ気づくんだよ、という不満は心に閉まっておき、僕は作業に取り掛かった。
まず車体側に残っていたボルトを2本外した。それから、僕のスクーターのマフラーカバーを外して、壊れたほうのスクーターに移植した。作業時間は5分もかからなかった。
僕がセキュリティの男に合図をすると、スタッフと話すのに夢中になっていた男は、もう興味が無いかのように軽くグーサインを出して、帰っていいぞ、とだけ言った。
こいつ、適当すぎる。最初に主張した修理代もぼったくろうと思ったわけではなく、適当な額を言ったに違いない。
まあ、よかろう、これで問題解決だ。
僕がスクーターのエンジンをかけている時に、若者二人が乗ったバイクがフラフラしながらすり抜けようとしていた。
「Hey! Be careful(おい、気をつけろよ)」
僕は若者に注意を促した。
「うん、大丈夫」
若者はこたえる。そして、次の瞬間。
バキッ。
僕と同じようにマフラーカバーにぶつけたようだ。しかし、片方だけぶつけたようでマフラーカバーは車体に残ったままだ。
「ごめん、ごめん」
「・・・(いや、オレのバイクじゃないからね)」
僕はセキュリティの男を見た。スタッフとの話に夢中になって気づいてないようだ。
僕は若者に構わず、すぐさま宿へ向けて出発した。
これ以上トラブルに巻き込まれてたまるか、ボケー。
これほどうまく問題に対処したのにすぐに無効化されたのは、後にも先にもこれが初めてであった。
冷静に問題を分析して、自分の知識、スキル、経験を総動員すれば、大抵の問題は解決できるという自信がついた夜となった。
2017年、やはりオレの年になるのだろう。
ちなみに、僕のスクーターの方のマフラーカバーは、翌日、部品屋で約800円で購入して、問題なく取り付けられた。
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