ウブドのメインストリートと思われる通りへ出ると、前回来た時と同じように欧米の家族連れやカップルがたくさんいた。その中に日本人の姿は見当たらない。海外に来てまで日本人と会いたくない、オレは日本人離れしている(よく友人に言われる)、と僕が無意識に思っているからなのかはわからない。
バリは日本人に人気の観光地であるはずなのに、この旅では1、2回しか日本人を見ていない。
僕が全然周りを見ていないだけかといったらそういうわけでもなく、むしろ、僕はかなり周りを観察している。お土産品店なんか見ているよりも、人間観察のほうが断然おもしろい。
そんなわけで、モンキーフォレストでの一件もあってディーバの人間性に興味を持ったので、町を散策しながらも僕は彼女の行動を観察することにした。触らぬ神に祟りなしということわざもあるように触るとやけどしそうなので、もちろん彼女とは少し距離を取った。
というよりも、彼女のほうが僕にまったく興味を示してこない。ケビンとリッキーとは対照的に、チビでやせ細っていてもバリの女性たちに魅力をわかってもらえている僕からしたら、誠に遺憾である。けしからん。だから、もし彼女に言い寄られても無視することにした。
ディーバを冷静に分析するまえに、自分の外見的な情けなさが露呈されることになって取り乱したが、僕は気持ちを切り替えて観察に集中した。
いろいろお土産品店を周りながらディーバが何をしていたかというと、リッキーとケビンに交互に媚びを売ることだ。僕の目の前では媚のバーゲンセールが開催されていた。
彼女から積極的にケビンかリッキーの何れかの手を、時には二人の手を同時に取り、手をつないで仲良く歩いたりしていた。両方の男に交互に過剰なボディタッチを試みるディーバ。どちらか一方の気を引けばいいのか、はたまた二人に嫉妬心を抱かせようという企みなのかはわからない。
しかし、その彼女の巧妙な戦略に、特にリッキーの表情は緩み、興奮したカバオくんのような顔になっていた。耳を済ませると鼻息が聞こえてきそうな勢いである。気を引くという点は大成功に思える。
一方、嫉妬心を抱かせるという点はというと、ケビンではなく僕に対して効果てきめんだった。これだけは断っておくが、僕は決して彼女に対して好意を抱いているわけではない。(エロさを差し引いても)女性から言い寄られる、過度にボディタッチされるという二人の男に対して嫉妬しているのだ。その行為をしている女性がディーバであるのとは、まったく関係がないのだ。
彼女の戦略はケビンには通用していなかったように思われる。彼女がくっついてデレデレする度に、ケビンは困った顔をしていた。
アレックスとビビはというと、この状況に口出ししなかったもののすっかり呆れ果てていた。
みんなでレストランに行ってもディーバは媚を売り続けた。ケビンとリッキーの間に座った彼女だったが、ターゲットはあまりいい反応がないケビンからリッキーに定まりつつあった。
彼女はリッキーの隣で、はい、あーんして、などと甘い蜜を与え続けた。
食事中は特に悪い雰囲気ではなかったのだが、会計時についに1つ目の嵐が訪れた。
みなが自分の食べた料理分のお金を出し合っているときに、ディーバの爆弾発言が飛んできた。
「私、いまちょっとしかお金持ってきてないの。みんなで分けて払ってくれないかしら?」
彼女は数枚の紙幣をテーブルに出した。彼女が頼んだ料理に対して全然足りていない。
一同「・・・」
今にも戦争が起きそうな空気が張り詰めた。
ここで沈黙を破ったのがケビンだった。
「みんな、ごめん。オレが今日ホステルでディーバに声をかけて連れてきたから、オレに責任がある。オレが彼女の分も払うよ」
「わあ、ケビン、ありがとう。大好きよ」
ディーバはケビンを抱きしめたが、彼は何も言わずに苦笑いした。
この場は紳士(ジェントルマン)ケビンのおかげでどうにか丸く収まり、僕たちは店を出た。
僕たちは次にデザートを食べにアイスクリーム屋に向かった。しかし、ここで2つ目の嵐が訪れることとなる。
何種類もあるアイスクリームとクッキーやピコレなどのトッピングの中から、自分の好みでカスタマイズしてカップで食べるスタイルのアイスクリーム屋だ。
僕たちはひとりづつ大きなショーウィンドウを眺めながら、これとこれとこれ、と店員に指示していった。
手のひらより大きいカップだが、別腹は存在します、と強く主張するかのようにみんなのカップにはアグン山(「神の山を登る」参照)がそびえ立っている。
僕たちは店の前にあるベンチに座り、いくつものアグン山が揃った。
店のすぐそばではホームレスらしき老婆が地べたに座り、羨ましそうにアグン山を見ている。
ディーバの分は今回はリッキーが払ったようだった。
しばらく何事もなく楽しくアイスを食べていたが、みんなそろそろ食べ終わろうかという時にまたしてもディーバが爆弾を投下した。
彼女はカップに残っていたピコレを1本ずつそこらへんに投げ捨てた。
この行動がついに、今まで何も言わずに見守っていたアレックスの逆鱗に触れてしまった。
「おいおいおい、あのおばちゃん(ホームレス)の前で食べ物を粗末にするんじゃない。いらないならおばちゃんにあげたらいいだろう」
人格者であるアレックスは、怒りも混ざった真剣な表情では会ったが、怒りにまかせてディーバを怒鳴るのではなく、諭すように優しい口調で言った。
今まで何をしても僕たちに口出しされることのなかった彼女は驚いた表情ですぐに謝った。
「ごめんなさい」
そしてすぐに、おばちゃんに残りのアイスをあげた。おばちゃんは軽く会釈をしてカップを受け取り、残りの溶けかかったアイスを食べ始めた。
「これでいいんだよね?」彼女は不安な表情で、答え合わせをするかのようにアレックスを見た。
アレックスは先程までの険しい表情ではなく、子どもを見るような柔らかい表情で頷いた。
怒られずに済んだ彼女はまた笑顔に戻った。
その後アレックスとビビは宿に戻ったが、僕はウブドに着いたときから行きたくてウズウズしていたバーへ向かった。
ウブドといえばリサとユナがいて、DJガールとの出会いの場ともなったミュージックバーだ。
本当はひとりで行きたいところだが、3人も着いてきたので仕方なく一緒に行くことにした。
何も問題が起きなければいいのだが。
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