僕たちは宿に着くと、それぞれの部屋に入った。僕の部屋ではリッキー、ゆうやの順でシャワーを浴びて、最後が僕となった。賑やかで楽しいけど、騒がしいグループから開放されるひととき、自分だけの時間だ。このあと、またすぐに出かけるのでゆっくりはできないが、心が安らぐ至福のひととき。温かいシャワーで疲れやストレスが流されていった。
シャワーを浴び終わって僕がバスルームで着替えていると、何やら部屋の中が騒がしいことに気づいた。
なんだかリッキーとゆうやの悲鳴が聞こえる気がする。一体、何が起こっているというのか。
僕は服を来て急いで扉を開けた。
すると、そこにはなぜかマルセロがいた。そして、リッキーとゆうやはマルセロから逃げているのか、部屋の隅に追い込まれている。
マルセロが、バスルームから出てきた僕に気づくと、こちらを向いて、何か悪いことを企んでそうな顔で「ハッハッハッハッハ」と笑った。
シャワーで疲れやストレスが洗い流されたばかりだというのに、なんだ、この世界の終わりが来たような絶望感は。この状況から判断するに、嫌な予感しかしない。
どうしたことかと、僕がゆうやの方を見ると、彼は部屋の隅の壁を指差した。そこには、どす黒い手のひらサイズの何かがいた。
僕は、虫か何かが部屋に侵入して虫嫌いのゆうやが騒いでいるだけだと思っていた。なんだ、たったそれだけのことか。
そんなものには動じそうもないマルセロは、その何かを拾いあげた。さすがマルセロ、率先して害虫を処理してくれるのかと、僕は完全に油断していた。
次の瞬間、マルセロは僕に向かってその何かを投げつけていた。その何かは僕の顔をかすめた。
何かが顔をかすめる瞬間にはっきりと見えた。カエルだ。しかも手のひらサイズ。
ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーー!
僕は、そこらへんの女子に負けず劣らずの悲鳴を上げていた。
リッキーとゆうやが部屋でゆっくりくつろいでいるときに、マルセロが部屋に入ってきてリッキーに投げてきたらしい。
こいつ、なんて悪ガキだ。
僕はバスルームに逃げ込み、すぐに鍵をかけた。リッキー、ゆうや、犠牲にしてすまん。オレのためにマルセロの餌食になってくれ。
ふたりには申し訳ないと思いながらも、僕はバスルームにこもった。そうなんだ、僕は自分が犠牲になって他人を助けるようなヒーローじゃないんだ。僕は卑怯者なんだ。すまない、すまない。
しばらくゆうやとリッキーが悲鳴を上げていたが、僕が自責の念に駆られている間に扉の向こうが静かになった。そして、マルセロの声が聞こえてきたのだった。
「カエルはもういないから、早く出てこいよ」
果たして本当なのか、マルセロを信用していいのか、などと考えることなく、相手の言うことはすべて鵜呑みにする僕はすぐに扉を開けた。どうせ、いつかは扉を開けないといけないのだ。
バスルームから出ると部屋にリッキーとゆうやの姿はなく、マルセロだけが僕の目の前に立っていた。マルセロは僕にかわす隙を与えずに、豪速球でカエルを投げつけた。
気がついたときには、カエルは僕の肩に乗っていた。
ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーー!
こいつは悪魔に違いない。悪魔に対抗する術がない。僕は反射的にカエルを手で払い部屋から出た。ゆうやとリッキーはすでに庭に避難していた。
なるほど、これがカルマか。僕の、ふたりを囮にするという行いと同じことが、巡り巡ってすぐに自分の身に起こったということか・・・と納得している場合ではない。
悪魔が再びカエルを持って庭に表れた。悪い顔をしている。悪魔は誰にカエルを投げようか考えている。
狙いを定めたようだ。狙いは・・・オレ!
カエルがすごい勢いで僕に向かって飛んでくる。しかし、バリに来て、速いときには時速100キロでバイクを運転している僕の動体視力はすでにカエルを捉えていた。
僕はかがんだ。カエルは僕の頭上を通り、草むらへと消えていった。
マルセロはすぐにカエルを探したが、部屋から微かに明かりが漏れているだけで、辺りは真っ暗なので見つかりそうにない。
こうして、どうにか悪魔の暴走が止まったのだった。
自分のやらかしたことをまったく悪びれることなく、マルセロは満面の笑みを浮かべた。
こやつ、笑いながら少しずつ痛めつけて人を殺すタイプに違いない。僕たちがパニクっているのを本気で楽しんでいた。
でも憎めないんだよな。本当に悔しい。
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