翌日の夕方、人がだんだんと増えてきて辺りが騒がしくなっていた。
そのほとんどが伝統的な民族衣装を着た地元の人達だ。
女性がクバヤと呼ばれる薄手のアジア風のブラウスを着て、サロンと呼ばれる布を腰に巻いている。
男性はウドゥン呼ばれるターバンのようなものを頭に被り、サファリと呼ばれる白系の薄手の学ランのような上着を着て、女性と同じくサロンを腰に巻いている。
午後4時に遅めのランチを食べたオレとゆうやはホテルの部屋でゴロゴロしていると突然ジョッタが尋ねてきた。
「今から近くの寺院でヒンドゥー教の儀式があるみたいだから、一緒に行きましょう」
オレとゆうやは、レンボンガン島で何ヶ月も生活しているジョッタ先輩に連れられて儀式を見に行くことになった。
ホテルの1階に降りて儀式を見に行こうとするとホテルの人に呼び止めてきた。
地元の人が着ているような格好を基本的には観光客もするのが決まりで、心優しいホテルのスタッフがオレとゆうやにウドゥンとサロンを貸してくれた。
スタッフがサロンを腰に巻き付けてくれて、オレとゆうやはバリ仕様に変身したのだった。
なんだかバリ人になった気分だ。
すでにサロンを巻いていたジョッタと一緒に寺院の広場に向かった。
広場へと続く道には地元民が溢れかえり、地べたに座ってお祈りをしていて、すでに儀式は始まっているようだ。
途中で観光客の欧米系の金髪のお姉さんに突然声をかけられた。しかもオレだけ。
「ねえ、一緒に写真撮ってもいいかしら?」
「あ、いいですよ」
ついに、オレにもモテ期が来たのだと確信した瞬間であった。ゆうやではなく、オレだけに声をかけてきたのだから間違いない。
バリ人の民族衣装が似合って様になっているのだろう。
にっこり笑って一緒にセルフィーを撮る。
あとは連絡先を交換して、このあと飲みに誘えば完璧だ。
妄想が膨らみ始めているときお姉さんの質問で一気に現実に引き戻された。
「ところでこの儀式はどういう意味なの?」
「わからないです」
「え、地元なのにわからないの?」
「え? オレ日本人ですよ!!」
「え? そうなの? あら、ごめんなさい」
そう言って、笑いを殺しながらお姉さんは去っていってしまった。
て、誰が現地人じゃ。少し焼けてるけど、オレ日本だからなー!!
心の中でお姉さんに抗議しながら、となりで爆笑しているゆうやを少しにらんでおいた。
お祈りが終わって広場でなにやら劇が始まっていたのだが、タイミング悪く大雨が降り出してきて、広場から一度退散して
近くの建物の屋根の下で雨宿りして、雨が止むまで待つはめになった。
20分ほど待つと、空はまだ雨雲があって今にも降り出しそうだが、一応は雨が止んだ。
もう一度広場をたくさんの人が囲むと劇が再開された。
救世主役の女性が悪魔に取り憑かれた村人を救うというシナリオで話が進んでいき、救世主が悪魔と直接対決するという時にハプニングは起きたのだった。
救世主がついに悪魔と対峙して、かっこよくセリフを決めようと長い裾のスカートと共に悪魔の方に勢いよく振り向いたときだった。
先ほどの雨で地面は水たまりができてぬかるんでいて、救世主の周りが泥だろけになっていた。勢いよく振り向いた救世主の動きに合わせて、スカートの裾が勢いよくしなった。そして、スカートの裾についていた泥が勢いよく散弾銃のように飛び散って
すぐ近くで見ていたバリ人の男性3人の顔にかかった。
かっこよく救世主のセリフが決まると同時に男たちに泥が飛び散るという光景によって会場は一斉に笑いに包まれた。
しかし、劇のクライマックでいちばん大切なシーンということで、場内の人たちは笑いをこらえてまた元通りに静まり返った。
最後には、救世主が見事に悪魔を退治して劇が無事に終わったのだった。
全てのセリフはバリ語だったので詳しい内容はわからなかったが、雨が味方してエンターテイメント性の高い観光客にも楽しめる劇となった。
この日はっきりとしたことは、オレが現地人の格好をすると、観光客から現地人だと思われてしまうこと。笑