外に出るとすでに太陽は、終業時刻が近づいて帰り支度を始めているかのように、下がり始めていた。夕方の気配が感じられて少し肌寒い。
オレたちはコンビニでサンドイッチを買って腹ごしらえをして、タクシーを捕まえて山へ向かった。
1時間もしないうちに山へ着いて、オレたちはトレッキングのスタート地点に向かった。オレたちは、複数あるコースの中から、一番距離が短いコースを選んでスタートした。
ほとんどの人が引き返してくる中、オレたちは暗くなる前に帰ってこれるようにと、少し早歩きでスタートした。
トレッキングのコースは川沿いにあり、川のせせらぎの音が耳に心地よく響く。周りには木々が生い茂っていて自然が溢れている。
歩いていると、だんだん体が温まってきて、さっきまで寒かった気温がちょうどよく感じられた。二日酔いでぐったりしていたふたりだが、お酒が抜けてきたのか、はたまた自然に癒やされたのか、だんだん元気になり、歩くスピードが上がっていった。
1時間以上歩いただろうか。夢中になって歩いていると、目の前に小さな木でできた吊橋が現れた。吊橋からは川の下流のほうまでズラッと並んでいる木々が見えた。木々の上には高層ビルが顔を出していて、ソウルという大都会の中に自然があるかと思うと、そのコントラストが何とも不思議な感じだ。
エイミーは吊橋に腰を下ろして、吊橋の横の方から脚を出してぶらんぶらんさせた。吊橋の横側はロープが張り巡らされているが、ロープ間の隙間が大きくて、誤ったら落ちてしまう。一瞬ドキッとしながらも、沖縄で観光案内したときも、落ちれば確実に死ぬ、高所にある柵に座ったりしていたことを思い出して、彼女にとってはいつも通りのことなんだと心を落ち着かせた。
彼女が見ている景色を見たくなって、オレも彼女の隣に腰を下ろした。彼女と一緒にぼーっと景色を眺めた。辺りはオレたち以外には誰もいなくて、しーんと静まり返っている。彼女と言葉は交わさないが、なんとも居心地のいい雰囲気に包まれている。
オレはそっと彼女の手に自分の手を重ねた。ひんやりした空気の中、彼女の手の温もりがよりいっそう伝わってくる。ゆっくりと彼女の目をみつめ、徐々に顔を近づけて思わず唇を重ねた。
「ゆうま、ゆうま、そろそろ行こう!」いつの間にか彼女は立ち上がっていて、オレを呼んでいた。おっと、キスするところを妄想していたのか。完璧なシチュエーションだったのに。ちっくしょー。はい、大人しく帰ります。
オレは立ち上がって歩き始めた。
あたりはすっかり暗くなって、オレの準備していた協力LEDの懐中電灯の出番となった。暗くなってすっかり変わってしまった真っ暗な森の景色に囲まれながら、足元を照らす明かりを頼りに、来た道を辿って歩き続けた。オレのイメージだと、このシチュエーションでは、女の子は怖がってオレの腕を掴み一緒に歩く、そんなことになるはずなのだが、残念ながらエイミーは違った。冒険心に溢れた無邪気で勇敢な少年のように歩き続けた。
遠くにぽつんと街の明かりが見えている。どうやらスタート地点まで戻ってきたようだ。周りにはもう誰もいない。
オレたちはタクシーで街へと向かった。
一緒にディナーを食べるべく、エイミーおすすめの餃子屋さんに入った。席について、餃子の入ったスープと韓国料理の定番の冷麺を頼んで一緒に分け合った。餃子をひと口食べると、肉汁と染み込んだ鶏ガラスープが口に溢れて、格別な味だ。冷麺は冷やし中華のように、麺がするするっとのどを通っていき、餃子の温かさと対象的にさっぱりしていて、これまたウマい。
エイミーはあまり食べずに、結局ほとんどはオレが食べていた。結構な量があったので、食べ終わる頃にはお腹いっぱいになって少し苦しい。これが今回、エイミーと最後のディナーかと思うと、なんだか寂しい気持ちになったが、満腹感がいくらか紛らわしてくれた。
店を出ると、エイミーのアパートへと行ってオレの荷物を取った。そして、いよいよエイミーとお別れのときがきてしまったのだった。
彼女は、1階の入り口まで着いてきてくれた。
「エイミー、ありがとう。今回、ソウルでエイミーに会えてとっても楽しい思い出ができたよ。また一緒に冒険したいな」
「うん、来てくれてありがとう。私もとても楽しかったわ。そうね、また一緒に冒険しましょう。元気でね」
オレの目には溢れるものがあったが、必死にこらえた。オレたちは、別れを惜しむ恋人のように、しばらくお互いにきつく抱きしめ合った。
「またね」と言って重たい一歩を踏み出した。
彼女とのこの2日間を思い返しながら、今夜の宿を探し求めて夜のソウルの街を進んでいく。
オレのソウルでの冒険はまだ続く。