第15話 タイの洗礼
ついに僕は、タイのプーケットに降り立った。
空港に着いた途端、僕にものすごい便意が襲いかかりトイレに駆け込むこととなった。
僕が便座に座って踏ん張っていると、隣から
ブリブリブリ、ブーブーブー
と、明らかにお腹を下している音がする。
僕はそんな音なんか聞きたくもないのだが、音量がでかい上にリピート再生しているのかと思うくらい鳴り止まない。
こんなに無神経な大音量だとこちらの感覚も麻痺してしまい、音がならないようにお腹の力加減を調整していたのも忘れて、こちらまで豪快な音を出してしまった。
プーーーーーー
彼の豪快な音を圧倒的に上回る音量を僕は出してしまった。
これで、オレとお前の力関係がわかっただろ、という僕の腸の声に違いない。
タイに着いたばかりとあって、テンションも上がっていたのだろう。もしかしたら隣のぶりぶりざえもんには、彼の体調を心配した気遣いの言葉に聞こえたかもしれない。
そんなことを考えたりもしたが、あまりに大音量だったため、僕は用を足すと恥ずかしさのあまりさっさとトイレを出た。
空港からは、相乗りのトヨタ・ハイエースのようなワンボックスカーで移動することになった。
こんな時に限って僕は助手席に座らされた。
ーーうん、ドライバーさん、僕には高待遇をするべきだとわかってるではないか。
ふと、後部座席を見ると、僕以外にはひとり旅している人はなく、カップルと家族連れだけであった。
つまり、僕はリア充たちから隔離されたのだ。
車は一旦、空港の近くにある旅行会社のオフィスへ行き、ドライバーが乗客全員の行き先を確認して、どこを通って誰を先に降ろすかなどのスケジュールを組むこととなった。
ドライバーがスケジュールを確認している間に僕たちはパイナップルをご馳走になったり、オフィスのスタッフからツアーを紹介された。
僕にツアーを説明するスタッフをよく見ると、おばちゃんかと思いきや、厚化粧をした中年の中肉中背のおっさんであった。
ーーそうか、僕はレディボーイ(ニューハーフ)で有名なタイに来たのか。
ここで僕は、本当の意味でタイに来たという実感を得た。
それにしてもおっさん、女装するにしてももっとキレイにできただろうが。口紅がずれているぞ。ファンデーションも濃すぎるぞ。
僕はトランスジェンダーについてとやかく言うつもりはないが、そのクオリティについてはダメ出しするぞ。
そんなことを思いながら、おっさんの話を聞いていた。
途中、おっさんがやけに僕と目を合わせてくる事に気づいた。
いやいやいやいや。やめてくれよー。
僕はすぐに目をそらした。
すると、おっさんの表情が、やだ、この子ったら照れちゃって、て感じになっているではないか。
いやいやいやいや。
最後におっさんが自分の名刺に手書きで電話番号を書いてきた。そしてそれを僕に渡しながら言う。
ツアー代割引きしてあげるから、電話ちょうだいね♡
僕はメデューサの目を見て石になってしまったかのように硬直した。いや、それは睨み殺されたあとの死後硬直だったかもしれない……。
いやいやいやいや。
石化が解けると、僕はすぐに席を立った。
すると、おっさんが他のスタッフと「電話番号渡しちゃったわ」などと、他のレディボーイスタッフや女性スタッフ(未確認)と騒いでいる。
なんなんだ、この旅行会社は。早く逃げ出したい!
僕の心の叫びが通じて、ようやく出発することになった。
オフィスのスタッフたちが一生懸命手を振って見送る、特におっさんが。僕は身の危険を感じて完全に無視した。
僕は思った。タイに入ったから、もしタイの女性(見た目)とワンチャンあるとしても服を脱ぐまではわからない、服を脱いでもゾウさんがついていることがある、ということを強く、深く、頭に刻み込んだ。
タイの女性(見た目)に注意せよ、なのだ。
まだ何も始まってもいないのに気を張りすぎても疲れる。
ということで、目的地のパトンビーチに着くまで僕はオフモードに入り、車窓から流れる景色を観察した。
プーケットは、お金持ちが集う大都会のシンガポールと違って、周りの景色からは質素さが感じられた。
空を遮る高層ビルなどない。僕にとってはこっちのほうが落ち着く。
しばらくすると、道路のところどころにゾウの標識があるのを発見した。
僕はてっきり野生のゾウが飛び出してくるのかと思ったが、さらに進んでいくうちにどういうことかわかった。
ここタイでは、ゾウも交通手段のひとつなのだ。
ゾウの背中に人が乗ってゆっくりと道の脇を歩いてる。
レディボーイに続いて、タイらしいものを見れたので、僕は少しうれしくなった。
ここで断っておくが、旅行会社のおっさんにモテたのは、まったくもって嬉しくはない。
僕はバイではなくストレートです。
そうこうしているうちに、車はどうやらパトンビーチ近辺まで来たようだ。
観光客で溢れかえっている。
たくさんの観光客の中で僕の目に止まったのは、GoPro(アクションカメラ)を肩に設置して歩いている女性だった。
僕の目には、映画「プレデター」シリーズの一発で敵を仕留めるほどの威力を持ったプラズマキャノンにしか見えない。
写真右側に写るポッチャリの女の子も警戒しているではないか。
とにかく僕はパトンビーチにたどり着いた。
車は僕を降ろすと、次の目的地に向かって走り去っていった。
僕は人混みの中を、今回の旅を病欠扱いになっているシンガポール人の友人が予約してくれていたホステルを目指して歩く。
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