世渡り上手

世渡り上手

実際に僕と会ったことがある人ならわかると思うんですが、ほら、僕ってものすごく世渡り上手じゃないですか。

 

僕が20歳のときにバイトしていたガソリンスタンドで、誰彼構わずスタッフ全員を激しめにいじるドSの先輩からも、激しめにいじられながらも「お前って世渡り上手だよな」と一目置かれていたほど。

 

 

どんな猛牛でも赤いマントでひらりとかわしてしまう闘牛士のように、どんなピンチもひらりとかわしちゃうんですよ。
今までの人生でほとんど修羅場という修羅場に遭遇したことがありません。

 

 

よって、僕はみなさんにこう呼ばれるべきだと思うんですよ。

 

 

 

 

 

 

 

『マタドールゆうま』

 

 

 

 

 

 

そんなマタドールゆうまのどんなピンチも切り抜けてしまう恐るべき能力は、幼い頃にすでに発揮されていました。

 

 

僕が中学生になって初めての夏休みに、小学校からの付き合いの仲のいい友達たちと自転車で海に行くことにしました。

海までは、車で行けば15分ほどの距離でしたが、当時の僕にとっては親なしで行く初めての遠出で、自転車で行けばどれくらいの時間がかかるのか想像もつかず、遠足の前日の子どものように、楽しみでワクワクしていました。

 

今になって思えば、それはまるで映画「スタンド バイ ミー」のように未知の場所へ仲間と共に冒険するという感じでした。

 

 

地元のスーパーに集合して、この日のために親からもらった1000円札の入った財布がちゃんとポケットにあるのを確認して(これがなければ、大好きなミルクティーもアイスも買えないのですごく重要)、みんなが揃うとすぐに出発。

出発して、スーパーのすぐ目の前にある交差点で、みんなで信号待ちしているときに事件は起きました。

 

 

信号待ちしている僕たちに、後ろから誰かが声をかけてきたのです。

 

 

「ちょっとまって!!!」

 

 

僕は一瞬、一緒に行く誰か他のメンバーを置き去りにしたかなあと思いながら、声のする方を向くと、そこには、僕たちと同じく自転車に乗っている中学生くらいの男二人組がいました。

 

 

その二人組は、体が僕たちよりも一回りか二回り大きいところを見ると、中学3年くらいだろうと思いました。
二人とも髪型は、襟足が長い典型的なヤンキーの髪型。

 

 

 

もしや、もしや。

 

 

 

 

二人組は僕たちに追いつくと、自転車から降りて話しかけてきました。
「オレたちさ、今お金に困ってるんだけど、君たち、ひとり500円ずつ貸してくれないかな?」
と満面の笑みを浮かべてきました。

 

 

噂には聞いたことがあったが、これがカツアゲか。ついに僕の身にも起こってしまったか。

 

 

 

助けを求めようにも、運悪く、周りには人っ子一人いませんでした。

僕たちは顔を見合わせました。誰も言葉はかわさないが、みんなの顔はこわばって、目には恐怖の色が浮かんでいます。

 

 

満面の笑みで、お金貸してなんて言われるとなおさら怖い。
この笑顔の裏には、血も涙もない非情な性格が隠されているのでしょう。やつらはサイコパスに違いありません。

ここは身の安全の為にも、大人しく500円を差し出すべきでしょうね。

 

 

みんなそう思ったはずです。みんな素直に財布から500円を出してすぐにヤンキーのうちのひとりに渡しました。
お金を受け取ったヤンキーは笑顔で「ありがとう」と言いました。

 

 

僕も急いで自分の財布の中に500円がないか探してみましたが、10円玉と1円玉の小銭が数枚あるだけでした。
お金を持ったヤンキーが僕のことをじっと見ています。

 

 

やばい……ない。ない。500円がない。親からもらった1000円札しかない。

どうしよう。早く500円を渡さないと、サイコパスの二人に満面の笑みでクルされてしまう(『クルす』は沖縄の方言でボッコボコにするの意味)。

世渡り上手な僕は両親にすら叩かれたことがないのに、カツアゲというしょうもないことで、10年後には人間国宝になるであろう自分の体に傷をつけられてしまう。そんなのは御免だ。

 

 

 

焦った僕は、こうなったらしょうがないと財布から1000円札を取り出しました。1000円札に映る夏目漱石(当時はまだ夏目漱石だった)が哀れみの表情で私を見つめています。
うるせえ! チョビ髭、漱石!! 似合ってないんだよ!!

と思いながら、1000円札をヤンキーに渡すと、その時から商売の才能があったのか、僕は無意識に尋ねていました。

 

 

 

 

 

すいません、おつりもらっていいですか?

 

 

 

いいよー。はいどうぞ。

 

 

 

 

 

とヤンキーは手に握っていた500円玉数枚の中から一枚を取り、僕に笑顔で渡しました。

僕たち全員からお金を回収したことに満足した二人組は、「ありがとなー」と笑顔で去っていきました。

 

 

それを呆然と見つめる仲間たちと、おつりをもらえたことに満足した僕は、そのあと、海で遊んできて楽しんだのでした。

 

 

 

 

 

これが世渡り上手なマタドールゆうまが、凡人が喉から手が出るほど欲しい、人生で非情に重要度の高い特殊能力を無意識に発揮してしまった最初のケースです。

 

 

 

 

サイコパスのヤンキーたちですら、1000円札を差し出す世渡り上手なマタドールゆうまの前では、赤いマントでひらりとかわされるように誘導に従い、素直におつりを渡すしかなかったのです。

 

 

 

 

 

自分の能力とヤンキーが恐ろしい。

 

 

カツアゲをしているヤンキーに「おつりありますか?」と言える僕の思い切りの良さ。

カツアゲでおつりを渡すヤンキー。

 

 

 

 

どっちも究極のアホとしか言いようがない。まさにアホの極みである。

 

 

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