第21話 LET IT GO〜ほっとこう〜
インフィニティプールで子どもといっしょにはしゃいでいるうちに、だんだんと日が暮れてきた。
暗くなる前に帰らなければならない。オレたちは帰り支度を始めるのだが、リッキーが一向にプールから上がろうとしない。
「リッキーもう帰るぞ」
「いやだ、オレはもう少しここに残る」
リッキーは相当インフィニティプールのことが気に入ったらしく、駄々をこね始めた。
このあと、みんなでディナーに行く予定なので、マルセロが必死にリッキーを説得する。しかし、一度決めたことは変えようとしないリッキーは残ると言いはる。
説得に少し時間がかかりそうなので、マルセロは先にゆうやとジョッタを行かせた。
ふたりとも喧嘩腰になってきたので、オレは少し離れて見守る。
ふたりの様子を見守っていると、二人組のお姉さんがオレに話しかけてきた。
「ねえ、あのふたり言い合ってるみたいだけど大丈夫?」
「ふたりとも長い付き合いの親友だから、大丈夫だと思うよ」
それからオレとふたりのお姉さんとの会話が始まる。
お姉さんたちとの会話を進めていくと、ふたりが南アフリカ出身で、人生で初めてアフリカ大陸の人と話していることがわかって嬉しくなった。南アフリカにも人脈を作っておけば、そのうち南アフリカに行った時に楽しくなる。
しかし、チキンゆうまが恥ずかしがって連絡先を聞くのを先延ばしにしているうちに、マルセロがやってきた。
「いくぞ、ゆうま。リッキーは置いて帰る。あいつはだいぶ酔っているけど、酔いが覚めたら自分で帰ってこれるはずだ」
「あ、ああ」
「話せて楽しかったよ。ありがとう」
「わたしたちもよ。またね」
ふたりの連絡先を聞くチャンスを逃してしまって、悔しがりながらカフェから出て駐輪場に向かうとき、ひとりの中年のおじさんが目の前に立ちはだかった。
やばい。オレ、何かしたかな? めんどくさいことになりそうだと覚悟していると、
「君はさっきビーチでサッカーをしていたね。すごいテクニックで驚いたよ」
「そうです! ありがとうございます」
不意を疲れたお褒めの言葉に驚いてしまった。
「君は日本のプロサッカー選手かい?」
「そうだったら良かったんですけど、残念ながら違います」
おじさんにお辞儀をして別れると、嬉しくて顔がにやけが止まらなくなってしまった。
「おい、ゆうま。いくぞ」
マルセロの声にすぐに現実に引き戻されるのだった。
ヘルメットをかぶりながら出発の準備をしていると、マルセロが挑戦状を叩きつけてきた。
「ホテルまで競争だ。着いてこれるかな?」
「おし、望むところだ」
かくしてレースが始まる。
バイクをかっ飛ばして2、3分経ったとき、目の前に急カーブが現れた。しっかり減速して車体を傾けて、バリに来て覚えた渾身のテクニックでコーナーを曲がる。体にものすごい遠心力を感じながら必死に曲がって、コーナーを抜けるときだった。
バンッ!!
急に後ろの方で音がして振り返ってみる。既に日は沈んでうす暗いなか、目を凝らしてみても何もない。
あとを着いてこないオレに気づいたマルセロが戻ってきた。
「どうしたんだ?」
「わからないけど、後ろで何か音がしたんだ」
「そうなのか。それはそうと、お前のリュック開いてるぞ。何か落としたんじゃないか?」
マルセロに言われて気づいたのだが、リュックに入れていた大親友のはずのサッカーボールがない。大親友を落っことしてしまった。辺りは草むらで覆われていて、少し探してみるもなかなか見つからない。
へびがいるかもしれないので、暗闇の中草むらを探すのは危険である。
オレの頭の中で瞬時にいろいろなシミュレーションが行われて、最良の決断が導き出された。
「LET IT GO(れりごー ほっとこう)」
「まじか! まあいいけどな」
オレの決断にマルセロは驚くのであった。
そう、オレは大親友を置き去りにする決断をしてしまったのである。なんとも罪深い。
そのあと、無事にホテルに到着したものの、大親友を失ったことによる喪失感と置き去りにしたことによる罪悪感がオレを挟み撃ちにしてきた。
その気持ちさえも、「LET IT GO(ほっとこう)」笑。
気持ちの切り替えが大切。
大親友を置き去りにしたバチが当たったのか、この日を最後に滞在日数残り20日の間バリでサッカーをすることはなかった。
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