第1話 旅立ちの朝

第1話 旅立ちの朝

 

 

その日の朝、これから始まるシンガポール・マレーシア・タイを10日間で巡る旅に、僕は胸を踊らせて那覇空港にいた。

 

僕はチェックイン手続きをすべく、まだ朝早いというのに、カウンター前にできている長蛇の列の最後尾に並んだ。

僕の前にはツアー団体がいて、添乗員の女性がツアー客にパスポートを準備させている。ツアー客には家族連れがいたり、初老の夫婦がいたりとさまざまな顔ぶれであったが、あたふたしているところを見ると、みな、初の海外旅行であろう。

 

チェックインで手間取っているようじゃ、君たちはまだまだだな。その点では僕はもう慣れっこだ。僕に唯一問題があるとすれば、いつも時間ギリギリに空港に来るのであたふたすることであろう。

実は、これが国際線で一番やってはいけないことであるのは内緒の話である。

 

しかし、今回は珍しく、僕は余裕を持って空港に来ていた。

 

大行列ができていたので少し時間はかかったが、チェックインが終わっても搭乗までゆっくり過ごすことができた。

いつもならチェックイン手続きが終わると保安検査場へは急いで行き、保安検査場でも行列ができているので、飛行機に乗り遅れてしまうんじゃないか、と焦りながらどうにか時間に間に合う。

 

今回の時間の余裕は、僕自身の成長と見て間違いないだろう。出発前から幸先の良いスタートだ。バリのときとは違い、今回こそは最高の旅になるに違いない。

 

僕は保安検査場へ行く前にコンビニでサンドイッチとコーヒーを買うことにした。

コンビニへ行くと、レジ前には僕と同じように朝食を買いに来た人で長蛇の列ができていた。僕はサンドイッチとコーヒーを取って列に並んだ。

 

僕はレジの店員をなんとなく観察していた。僕の前の客がレジに弁当を置くと、やる気のない店員の表情が一瞬引き締まり、客に訪ねた。

「お弁当を温めますか」

「はい」

客がこたえると、一瞬だけ店員の眉間にしわが寄った。一瞬ではあったが、明らかにイラッとした表情だった。

きっと、何度も弁当を温めさせられて、またかよ、という気持ちが店員の表情に現れたに違いない。

 

よしよし、ここ最近僕が勉強している「微表情分析(ぽーるポール・エクマン著)」(微表情とは、人間の抑制された真の感情が表情に0.2秒以内に現れるというもの)の成果が出ているぞ、今回の旅で役立つかもしれない。

僕は勉強の成果に満足しながらベンチに座り、サンドイッチとコーヒーにありついた。

 

時間に余裕を持って保安検査場を抜け、待合室でゆっくりしたあと、いよいよ搭乗時刻となった。

搭乗口を抜けて歩いていると、窓から増設中の部分(当時、国内線と国際線のターミナルを結ぶ工事をしていた)が見えた。

その一部分にあった横断幕に「地図に残る仕事」と書かれているのを見つけた。工事関係者のモチベーションを上げる素晴らしいキャッチコピーだと思い、僕は忘れないうちにすぐにスマホにメモした。

 

飛行機入り口近くまで行くと、チェックインのときのツアー添乗員のお姉さんがいた。

「さっきチェックインの時にいましたよね」

「あ、はい」

「お姉さん、なんだか楽しそうにしてますね」

「わかります? 私、普段は地上勤務なんですけど、今回初の添乗なんです。だから、少し緊張しますが、とっても楽しみなんです」

「初の添乗員の仕事なんですね。がんばってくださいね」

そう言ってお姉さんと別れると、僕は自分の席についた。

 

普段はコミュ障である僕が、知らないお姉さんに話しかけられた。これは奇跡だ。

やはり、この旅では何か良いことが起こる、そんな期待を抱かない方がおかしいほどの好スタートだ。

 

前日ギリギリに荷造りした僕は3時間しか寝ていなかったので、席につくとすぐに意識が遠のいた。

そして、離陸前には爆睡モードになっていたと思う。とにかく僕が知らないうちに、飛行機はシンガポールへ向けて飛び立った。

 

まずはシンガポールに降り立ち、それからマレーシア、タイへ行く。帰りはタイ・バンコクから沖縄へ帰ることになっている。

 

とにかく、こうして僕のシンガポール・マレーシア・タイを10日間で周る、行き当たりばったり、ノープランの旅が始まった。

 

 

 

 

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