第4話 神秘的な交流

第4話 神秘的な交流

 

 

おじさんのおしっこを見届けた後、僕はふと、あるシンガポール人のカップルのことを思い出した。

そのカップルは一ヶ月後に沖縄の僕のエアビ(Airbnb)に泊まりにくる予定で、シンガポールに来るのでタイミングが合えば飲みに行こう、と僕は前もってメッセージしていた。

 

今まですっかりそのカップルのことを忘れていたが、今日は金曜なので声をかけたら彼らと一緒に飲みに行けるかもしれない、という思惑で彼女の方にメッセージを送った。

「こんばんは、シンガポールにつきました。今夜のご予定は? みんなで飲みに行きませんか?」

「シンガポールへようこそ。残念ながら今から彼氏がフットサルやるの・・・」

「マジっすか! 混ざってもいいですか?」

「もちろん! もう始まるからすぐ来てね」

 

 

彼女から場所を教えてもらい、僕はすぐに部屋に戻った。

まだサトシは帰ってきてないようだったが、代わりにもうひとりのルームメイトが帰ってきていた。

僕は彼に簡単に自己紹介して、これからフットサルしにいくことを話し、大急ぎでシューズと着替えを持ってフットサル場へと向かった。

 

バリに行った時も現地の人達に混ぜてもらってフットサルをした。周りの人たちはそれほど上手いわけではなかったが、ボールを通して現地の人々と交流するというのはなんとも言えない楽しさがある。

僕はGrab(グラブは東南アジアで使われている配車アプリ)で呼んだ車の中で、バリでのフットサルを思い返していた。

 

30分もしないうちに車はフットサル場に到着した。

いくつかコートがあったが照明がついているのは一面だけで、そこからはプレーしている人たちの声やボールを蹴る音が聞こえてきた。

 

実はこの日、シンガポールについてから僕の右膝を原因不明の痛みが襲っていて、チャイナタウンを歩くときは常に右足を少し引きずっていた。

それでも、怪我を押してインターハイ決勝に出場するエースストライカーのように、僕はこのフットサルにすべてを賭けていた。

 

その意気込みがアドレナリンを大量放出させたのかもしれない。フットサル場にたどり着いたときには、不思議と痛みは消えていた。心と体の準備が整って僕はフットサル場へ乗り込んだ。

 

スポットライトが舞台の主人公を照らし出すように、唯一照明がついているコートに行くと、すぐそばのベンチでみんなのプレーを見守るひとりの女性がいた。

彼女は僕に気づくと「ゆうま?」と尋ねてきた。彼女が1か月後にエアビのゲストとなるイブである。

 

そうだ、と僕はこたえて彼女と握手した。

彼女がすでにプレーしているマルセロ(バリの話のマルセロとは別人である)に声をかけると、マルセロは僕に準備してすぐに入ってくるように促した。

よし、やってやろうじゃないか、という気持ちで僕はシューズを履いてすぐにコートに入った。

 

僕はマルセロのチームの1人と代わり、試合に入った。

週1くらいでしかプレーしていないであろう彼らとの違いを見せるために、積極的に声を出してパスを要求した。

ドリブルを仕掛け、針の穴を通すようなパスを出し、冷静にシュートを決めた。

 

 

 

同じチームに他のメンバーよりも巧みにボールを扱えて、パス回しできる人がいた。僕はその人とのコンビーネーションで敵をいなしながら、マルセロにラストパスを出すというパターンを試合の中で確立していた。

僕たちは試合中に直接言葉を交わすことはほとんど無かったが、間違いなくボールを通して会話していた。

 

自分のことを超絶テクニシャンという風に誇張する気はないが、ある程度サッカーがわかっている者同士でプレーすればボールでのコミュニケーションが成立するのだ。

ターンしろ、シュートしろ、リターンパス、などをパスの強弱や方向を変えて、自分のパスにメッセージを込め、味方からのパスからメッセージを読み取るのだ。

 

お互いの思い描いている、2手、3手、4手先のプレーイメージがリンクしたときには、何事にも代えがたい快感がある。

日本でもそう何度も起こることではないが、海外でこれを体験するとセックスよりも気持ちいいと言えるだろう。

 

 

とは言いつつも、休憩時間にはもちろん僕は彼らと話した。

一番上手いあの人は、過去に日本に留学してしばらくは日本で英語通訳の仕事をしていたらしく、驚くほど日本語がうまい。

ひとつひとつの言葉のチョイスも彼の教養の高さを感じさせた。

 

 

そんなことはさておき、僕が一番活躍したシーンがイブによって動画に収められていたのでご覧頂きたい。

 

 

 

 

 

 

ボールを通して交流が深まった結果、僕らはフットサルの後にメンバーのひとりの家に飲みに行くことになった。

彼は家族が経営する貿易会社の社長で、その家は僕が今までに見たことないような大豪邸だったのを記憶している。

 

駐車場の電動シャッターが開くと、そこには小さなアパート1棟分の月極駐車場のようなスペースがあり、車が4台ほどあった。

建物の1階はすべて駐車場で、僕たちは階段を上って家に入った。

 

僕たちは天井が吹き抜けとなっている広々としたリビングに案内され、大きな大理石でできた丸テーブルを囲んである椅子に座った。

大理石のテーブルを囲んで僕たちが話したことと言えば、ーー正確には僕は聞いていただけではあるがーー、宇宙についてである。

 

宇宙がいかに神秘的であるか、その中に存在している僕たち人間もいかに神秘的であるか、という話をウィスキーやワインを飲みながら2時間続けた。

 

僕にとっては、今日知りあったばかりのシンガポール人たちに囲まれ、大豪邸で酒を飲みながら宇宙について話す、ということがよっぽど神秘的であった。

 

2時間も神秘的な空間にいた僕を、帰りは日本語を話す彼が僕の宿泊先と近いということで車で送ってくれた。

この国では飲酒運転しても大丈夫なのか、それも含めてすべてが神秘的な夜であった。

 

 

 

 

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