第13話 旅立ちの朝

第13話 旅立ちの朝

 

 

翌朝、僕は寝坊することなく4時に起きることができた。

 

まだ時間に余裕があるので、まずは腕立て、腹筋、背筋、スクワットをやって体を目覚めさせた。筋トレの後、シャワーで汗ばんだ体を洗い流してさっぱりした。

それから準備して、チェックアウトだ。

 

フロントのお兄さんも、朝早いのでまだ眠そうだ。

――仕事なんだから、もっとビシッとせんかい。

と、僕は思いつつ、ルームキーを返却して100リンギット(2600円くらい)を返してもらった。

 

宿の前でGrab(配車サービス)を使って近くの車を探すが、早朝だからか、なかなか見つからない。

割高だがこの際だから仕方ない。僕はタクシーを拾ってバス停に向かった。

と、その時、スマホを見るとGrabのドライバーから「I’m here(ここだよ)」とメッセージが入った。

 

ーーしまった。ちゃんと配車をキャンセルできてなかったんだ。

ドライバーには申し訳ないが、もうタクシーに乗ってしまったので配車はキャンセルするしかない。

 

これは運命で仕方がないんだ。この先、きっと君には、長距離の依頼でマナーが良いオレよりも素晴らしい客が現れるはずさ。だから、オレのことは忘れてくれ、とういう気持ちで、僕はメッセージも何も送らずに配車をキャンセルした。

 

そんな心を鬼にした僕にバチが当たったのかもしれない。タクシーが目的地に到着すると、僕はGrabの倍の料金を払う羽目になった。

国民の過半数がイスラム教というマレーシアでも因果応報というものはあって、良いことも悪いことも巡り巡って自分に帰ってくるらしい。

 

バス停には、すでに僕が乗る予定のシンガポール行きのバスが停まっていた。

前日に購入したチケットをドライバーに見せて、僕はすぐにバスに乗り込んだ。

 

今回のバスはなかなか豪華で、各席にはモニターがついていて映画が観られる。

シンガポールに着くまで映画三昧で楽しめるぞ、という僕の思惑は外れて深い眠りに落ちてしまい、次に目を覚ましたのは運転手に起こされてからだった。

 

マレーシアで一度バスから降りて出国手続きをしてから、再びバスに乗ってシンガポールへ向かった。

 

今度こそは映画を観るぞと意気込んだはいいものの、映画が全部終わらない内にシンガポールに着いてしまい完全な消化不良となった。映画のクライマックスが気になる。こんなことなら映画なんか観なければ良かったと思う。

 

バスが着いた場所は、僕が数日前の夕方に散歩したハーバーフロントだった。

入国審査を終わらせ、僕はリベンジの意味で、空港までGrabを使って移動することにした。もはや早朝ではないし、交通量も多い街中なので、すぐに車は捕まった。

 

ところが今度は、ドライバーがなかなか僕を見つけられない。

アプリのマップに車が表示されて、近辺をぐるぐる回っている。何しとんじゃ、こいつ。

近くを2、3周したあと、ドライバーからメッセージが来た。

 

「黄色の服を来てるやつか?(この時僕は、サッカーブラジル代表の黄色のユニフォームを着ていた)」

 

そうだ、と僕が返信するとようやく車が僕のところに来てくれた。

僕が乗車するなりイライラ顔の運転手のおっちゃんから喝を入れられた。どうやら僕が乗り場に指定した場所が、ショッピングモールへの入り口だったらしく、場所を特定するのに手こずったようだ。

オレは観光客だからそんなこと知らない。そんなのオレの知ったこっちゃない、と思っていたのだが、ドライバーの話した通り、僕たちは一度ショッピングモールの駐車場に入ってから出る羽目になった。

 

僕は謝る気はなかったのだが、駐車場を通ってしまったのでなんだか申し訳なくなり、一応謝っておいた。

すると、ドライバーの機嫌が少し良くなり、終いには僕にGrabの使い方、特に乗り場を指定する際に気をつけるべきことなどを丁寧にアドバイスしてくれた。

なんだ、このドライバーいいやつじゃないか。

僕は彼のレビューを「普通」にする気だったが、ここまで優しくされたら「とても良かった」にせざるを得ない。

 

僕たちは空港まで楽しく話した。

空港に着くと、おっちゃんは「Have a nice trip(良い旅を!)」と笑顔で言って去っていった。

 

大都会の人は冷たいイメージだが、初めてのシンガポールに良い印象を持って旅立てそうだ、と思ったのも束の間、ヒッチハイクに挑戦したときに、誰も拾ってくれなかったこと、向こうから勝手にGrabの客だと思い込んだくせに僕を邪魔者扱いしたこと、そんなことを思い出した。

 

シンガポール、うーん……悪くはない。

 

 

 

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