第12話 逆流注意報
周りのカップルの幸せムードに押しつぶされそうになっていた僕に、仕事を終えたマークからようやくメッセージが届いた。
デートに誘った女の子からの返事くらい僕が待ち望んでいたメッセージだということを彼は知らない。僕が男からのメッセージでここまで嬉しくなったのは初めてかもしれない。
彼は仕事を終えたばかりで、いちど家に帰って準備する時間がほしいということで、1時間後にマークが指定したバーに集合となった。
僕の現在地からバーまでは車で約30分。特にやることもないし、ここでは見たくないものばかり(リア充たち)が見えてしまうので、僕はとっとと移動することにした。
Grab(配車サービス)で目的地に着くと、そこは雑貨店やスーパーなどが立ち並んだエリアだった。
すでにほとんどの店舗が閉まっている。奥の方に飲食店が2、3軒ほど並んでいて、人々が賑わっていて活気に溢れている。
まだマークが来ていないからといって、先に店で待っておこうという気にはならない。僕は店の近くに階段に腰を下ろして彼を待つことにした。
しばらくすると彼が到着した。
僕たちはバーのカウンターに腰を下ろすと、まずはビールで乾杯した。
歩き回って疲れたあとのビールは格別な味がする。そして、そのときのアルコールは即効性がある。ゆえに僕は酔っている表情なのかもしれないし、リア充たちから解放された喜びが爆発しているのかもしれない。
腹ペコだったので僕たちはフードを注文した。マークがおすすめだといって僕に食べさせたものはフライドスパム。
沖縄でいつでも食べられる食材で新鮮味がないと思って食べたらびっくり。外はカリカリで中はいつものスパム。外のカリカリ感だけいつもと違っておいしく感じられる。悪くない、と思うのもきっと腹が減っていたからだろう。
冷静に考えると、沖縄でも食べようと思ったらいつでも食べられるものだ。
ビールによく合うので、まあ悪くない。
次に僕たちが頼んだものはピザ。焼きたてで香ばしい香りを強烈にアピールしたピザが、僕たちの前に出された。
チーズやトマトが絶妙な味を奏でる。しかし、二切れ食べたところで僕の胃袋に「逆流注意報」が発令された。
消化したと思っていた数時間前に食べたサブウェイのサンドイッチが、僕の胃にまだ粘り強く居座り続けているようだ。
サンドイッチのやろう、これ以上のピザの侵入を阻止しようとしている。
胃が苦しい、でも僕はピザを食べたいんだ。
罰ゲームのような食べ放題の焼肉店での後半のように、僕は逆流注意報を無視してピザを口に押し込み続けた。
そのぜいで僕の口数は減り、マークとの会話も減った。
そんなときに店員が僕たちに話しかけて助け舟を出してくれた。
店員の男性は20代後半くらいの色は褐色系の典型的なアジア顔。自己紹介して彼がフィリピン人だとわかった。
彼は僕が日本人だとわかると、私は日本が大好きです、とよくわからないアピールをしてきた。
普段の僕だったらここから話を広げられるのだが、いかんせんただ今「逆流注意報」が警報に変わりそうで苦しい。
残りのピザはマークに任せて、僕の胃の注意報が解除された頃にビールをあと一杯飲んでお開きとなった。
ディナーのあと、マークが僕を宿まで送ってくれると言う。
駐車場までの道のりで、道端に日本でお馴染みの車を発見した。マレーシアの会社とダイハツが合併して国内で車輌を生産し、ここマレーシアでも乗られているようだ。
ダイハツムーブ。日本の軽自動車規格とは違い、1000ccのエンジンを積み5人乗りらしい。
マークは少し遠回りしながら街をドライブしてくれた。
紫に光るエロいタワーがあったり街灯が花形のライトで飾らていたりと、なかなか興味深いドライブとなった。
女の子とのデートだったら、昼ドラ(テレビ)とは違い、良い意味で何かしら起こり得そうなほどムーディな夜ドラ(夜ドライブ)だった。
宿に着くと僕はマークにお礼を言い、再会を誓って別れた。
宿についてすぐ眠る気にはなれず、僕は宿の近くを少し散歩した。歩いていると、「和」が感じられるものがあったので写真に収めた。
といはいえ、沖縄出身の僕は「ザ・日本」というものが周りにない環境で育ったので、親近感は湧かない。
外国人に日本について聞かれるたびに、僕はいつもなんと答えていいか困惑する。
ほとんどの外国人にとっての日本のイメージは、京都の建物や着物のように感じる。
そこで僕は、日本のラテンの島、沖縄出身だから「ザ・日本」の文化は知らん、と答えることにしている。そしてノリよく振る舞う。
このことが、僕が日本人と比べて外国人と仲良くなりやすい理由だと分析する。
そんなことを考えながら、コンビニでミルクティーを買って宿に戻った。
明日の朝は6時のバスに乗るため4時起きだ。
寝坊するか心配でたまらない。
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