第100話 Hasta la vista

第100話 Hasta la vista

 

 

ついに日本へ帰らなければならない日がきてしまった。

バリで最高の夜を過ごした僕の幸運はまだ続いていた。このままバリでの滞在を延長して、この幸運が途切れるまで享受し続けたい気もしたが、僕は帰らねばならない。

 

バリの神様(ゆうや)も行ってしまわれたので、きっとこの幸運も長続きはしないだろう。

それなら、今日の夜のフライトの時間までは目一杯楽しもうと思った。

 

実家暮らしの彼女は、昨夜は僕の部屋に泊まらずに帰っていったが、今日も朝から僕を訪ねてきた。

バリでの約1か月をほぼ毎日アクティブに動いた僕は、もう外へ出る気にはなれなかった。

 

僕はベッドの中で彼女と肩を寄せ合い、何をするでもなく適当にテレビを見たり、セックスをしたりと、そうやって過ごしているうちに時計の針はどんどん進んでいった。

 

そのうちに夕方になり、彼女が僕に言った。

「私があなたを空港まで送るわ。そしたら、もう少し一緒にいられるじゃない」

僕は彼女の好意をありがたく受け入れることにした。彼女が僕を強く抱きしめると、彼女の大きな乳房が僕の胸に当たった。

 

いよいよ出発の時間になると、僕はアレックスとビビ、リッキーに声をかけた。

「それじゃあ、僕は行くよ。今までありがとう。次はブラジルで会おう」

感動的な別れの瞬間のはずだが、僕が例の女性と一緒に過ごしたことを知っている3人は僕と彼女を交互に見て、それからもう一度僕を見てにやけた。

 

3人の冷やかしに屈するわけにはいかないが、僕の身に起こったことが日常茶飯事のブラジル人と違って、慣れていない僕は一気に恥ずかしくなった。

彼らにとっては冷やすのも文化なのだ。

 

冷やかし終わってやっと真面目な、感動的な別れの瞬間が来た。

僕がブラジルへサッカー留学して日本に帰る日、見送ったブラジル人の友達とはもう会えないかもしれないという思いから、僕は泣きじゃくった。しかし、今は違う。

 

今の僕にとって世界はもっと近くに感じられて、またすぐに彼らと会える気がする。

しばらくの間のお別れだけど、僕たちはまた会える、そんな思いでひとりひとりと熱い抱擁を交わした。

 

彼女も控え目に3人に別れをつげると、僕をうしろに乗せてスクーターを走らせた。

 

30分で空港につくと、僕はすぐにチェックイン手続きを済ませた。

保安検査場の手前で僕と彼女にも、いよいよ別れのときはやってきた。

 

僕の目を見つめる彼女の目は少し潤んでいた。それを見た僕もなんだか悲しくなってきた。僕は何と言ったらいいのかわからないで黙っている。

「日本についたら連絡してね」彼女は言った。

「うん」僕は笑顔でうなずいた。

 

彼女が僕にキスをする。そして僕は彼女を抱き寄せた。

「もう行かなきゃ」

僕がそう言うと、彼女は悲しそうな顔で手を振ってから去っていった。

 

保安検査場を抜け、待合所で待つ僕に電話が入った。

それはDJガールからだった。

「ユウマ、どこにいるの?」

「空港だよ。もう日本へ帰らなきゃ」

「・・・え、なんで?」

 

彼女の声はたちまちに泣き声に変わっていった。とっさのできごとで僕はどうしていいのわからない。

「ダメ、いがないでぇよぉ」彼女は叫んだ。

そっからは、行かなきゃ、行かないで、の水掛け論となった。

 

一度彼女と食事に行ったが、そこまで親密な関係になっただろうか、いや、なってないはずだ、僕は記憶を辿ってみたが、彼女がここまで感情的になる理由が思い当たらない。

搭乗時間となり、いよいよ僕は行かなければならない。

 

彼女には申し訳なかったが、電話を切ってくれなさそうだったので、「もう搭乗時間だから行くね」と言って僕は電話を切った。

「お逝きなさい」的なニュアンスのことは言われたことあるが、「行かないで」と言われたのは僕の人生で初めての経験だったのでなんだか嬉しい気持ちであるとともに、彼女を泣かせてしまって申し訳ないという感情が入り混じって複雑な心境となった。

 

最後の最後までネタが尽きない僕のバリでの滞在となった。

帰りは香港で2泊して沖縄へ向かったが、バリと比べると何のおもしろみもない滞在だったので割愛させていただく。

 

バリでの1か月で僕の身にあらゆるできごとが起こった。それはどれも僕を人として成長させてくれたに違いない。

沖縄から外の世界に出るたびに僕は新たな視点を獲得してきた。

変えられるものは変える努力を、変えられないものは受け入れる努力をしなければならない。

変えられるものは自分自身だ。これからも自分自身をアップデートしていく。

 

僕はもっとたくさんの経験をするために、もっとたくさんのものを見るために、もっとたくさんの人と会うために海外へ出る。

僕の冒険は始まったばかりだ。

 

 

 

 

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