第99話 ムフフな話

第99話 ムフフな話

 

 

前にも話したとおり、僕のバリ滞在の最終局面は追い風であった。

何から何まで、世界は僕中心に回っているとさえ思えた。

 

話は2016年の大晦日にまで遡る。この日僕がチェックインしたホステルの受付の女性スタッフが、Facebookで僕に友達申請を送っていたのである。

それから彼女と連絡は取っていなかったのだが、僕がFacebookに投稿する写真には、彼女は常に「いいね」を押していた。

ということは、少なからず僕に気があると考えて間違えないだろう。

 

そこで僕は、サヌールに戻ってリッキーと離れてひとりになったこのタイミングで彼女を食事に誘ってみた。

僕の思惑通り、彼女の答えはもちろん「YES」だった。

 

とはいえ、アレックスとビビ、リッキーたちもこの日はインディホテルに戻ってきていた。それでも、全員が別々の部屋を取っていたので、もし食事がうまくいき、そのあと「何か」が起こったとしても差し支えないだろう。

 

夕方になると彼女がインディホテルに来てくれた。

彼女はホステルで見たときとは別人かと思うくらいに、しっかりと化粧をしていた。相当気合いが入っている印象だ。

対する僕はオシャレな服をバリに持ってきていないので、ハーフパンツにTシャツのラフな格好だ。なんだか彼女に申し訳ない。

そもそも、日本でも僕にはオシャレな格好をする習慣がない。一番僕がビシッと決まってるのは、友人の結婚披露宴でのスーツ姿くらいだろう。

 

とにかく、僕は彼女を後ろに乗せてスクーターを走らせた。行き先は、彼女おすすめのサヌール近くのビーチ沿いにあるレストランだ。

僕たちはテラス席に並んで座り、夕日を眺めながらピザを食べた。

 

彼女の方から積極的に僕にあれこれと質問してきたので、自分から話すのが苦手な僕にとっては大助かりだった。

僕が話すときの彼女は満面の笑みで、どんなに恋愛に疎い人でもわかるくらい脈アリサインを発していたと思う。

 

終始和やかなムードで食事は進み、僕たちは次第に距離を縮めていった。

彼女はピザを一切れ手に取り、僕の口の前に差し出してきた。これが結婚披露宴でよくやるケーキを「あーん」というやつか。僕の場合はピザであるが、まあよかろう。

 

僕は完璧に有頂天になっていた。

これはきっとバリの神様が、これまでのどんな試練にも耐え抜いた僕にご褒美を与えてくださってるのだ、と僕は確信した。

 

思えば試練の連続だった。

バリに到着した初っ端から、雨の中のニケツで二輪ドリフト。9時間半かかったアグン山登頂。上半身裸で極寒の峠道を超えたこと。数え上げたらきりがない。

すべての試練を乗り越えた僕は、バリの神様のご褒美を受けるに値するに決まっている。

 

パイナップルジュースを飲みながらそんなことを思っていると、彼女が僕を見つめていることに気がついた。

僕は蛇に睨まれたカエルのように動けなくなってしまった。いや、彼女はメデューサ(目を見たものを石に変える能力を持つ)なのかもしれない。

 

そして、それは一瞬のうちに起こった。

 

彼女は僕の頬に顔を近づけると、頬にチュッとキスをした。

その瞬間、僕はすべての血流が顔に集中したのを悟った。顔が熱い。きっと夕日よりも僕の顔の方が赤かっただろう。

そんな僕を見て彼女は笑った。

 

やばい、惚れて舞うやろ、僕はどうしたらいいのだ、と僕の思考は停止して、「流れに身を任せる」というオートマチックモードに切り替わった。

 

読者に断っておくが、ここから先の僕の行動はオートマチックモードによるものなので、もしあなたが僕のことを「このゲス野郎」と思っても、僕の責任ではございませんのでご了承いただきたい。

 

その後、何度か彼女は「隙あり」的なノリでキスをしてきた。こうなっては僕もやり返すしかない。僕の方が彼女より手数は上回ったはずなので、ポイントを稼いだ僕の判定勝ちであろう。

 

第2ラウンドは食事のあとのビーチでの散歩だった。

僕は不意打ちで彼女を持ち上げ海に放り投げるふりをすると、彼女は大いに驚いた。

彼女を地面に下ろすと、お互いにすっかり「そういうモード」になってしまった。

 

そして、僕たちは抱き合った。

読者の諸君よ、待つのだ、あわてるでない。僕たちは砂浜の上で抱きしめ合っただけである。まさか、周りに人がいる公共の場でそんなことできるはずがない。

 

ここまでくると、もうゴールまで突っ走るしかない。

 

このあと、僕はゆうやを空港に送り届けることになっていたので、送迎のあとはひとりで部屋を使える。

ここでゆうやの招待を明かしておくが、本当のところは彼がバリの神様である。

 

僕はバリの神様に感謝の念を浮かべると、思い切って彼女に提案した。

「今夜、僕の部屋に来ないか?」

彼女は少しを間をとってから、頬を赤らめて静かに頷いた。

 

そうと決まれば僕は野獣のように、チーターのように、素早く行動を開始した。

まずはホテルに彼女を連れていき、僕が空港から帰るまで部屋で待っててもらう。

 

そして、神様を空港に送迎する。

 

 

アレックスとビビ、それからリッキーがホテル前で僕の神様を見送った。

この写真でなぜ僕がこんなにもニヤケ顔なのかは、読者の諸君は、このあと僕に何が起こるかを考えれば容易にわかるだろう。すでに僕の思考が表情から漏れてしまっていた。

 

僕は神様をできるだけ丁寧に空港まで送り届け、帰りは音速を超えてしまったのかと思うほどのスピードで駆け抜けた。

 

部屋に戻った僕が彼女と何をしたのかは、読者の諸君の想像にお任せするとしよう。

とにかく、僕はオートマチックモードだったことを心に留めておいてほしい。

 

 

そして、これだけは声を大にして言いたい。

僕は、大晦日をバリで最高の夜だった、と述べたと思うが訂正する。

 

この日がバリで最高の夜でした。

 

 

 

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