第42話 復活
アグン山から宿へ戻ると、宿のおばちゃんが笑顔でオレたちを迎えてくれた。
おばちゃんには、命がいくつあっても足りないから、アグン山だけは辞めておけ、本当に行くのか、やめろ、としっかりとマルセロ師匠を説得するべきだったと文句のひとつやふたつを言ってやりたいもんだ。が、体のすべてのエネルギーを使い果たしているので、今回は許してやろう。
部屋に入ると、自分の体がクサいかなんてどうでもよかった。夜通しで山を登っていたのだから、眠い。もしクサくても、クイーンサイズのベッドをシェアしているゆうやにしか影響しない。これがもし、女の子と寝るということだったら、もちろんシャワーをしっかり浴びるということは、読者のみなさまには理解してもらえるだろう。
ベッドにダイブして目を閉じると、一瞬にして意識は飛んだ。
次に目が覚めると、5時を指していた。なんだ朝か。いや、違う違う。まだ夕方5時である。あまりに気持ちよく眠れたので、夜通しで寝たかと思った。いや、それが普通か。
だが、そこまでの深い眠りではなかったようで、5時間で目が覚めてしまった。
目が覚めると、寝る前は気づかなかったが、何か異臭がすることに気がついた。リッキーが屁でもこいたのか。いや、この異臭はもっと近くからするぞ。鼻から息を吸うと、すぐにツンとくる。あ、オレだ。まだシャワーを浴びていない。
てことは、ゆうやもこの匂いを……。どうりで、もう起き上がっているのか。いや、ふたりの関係が悪くなっては、この先面倒になる。旅はまだ長い。この話には触れないでおこう。
とりあえず、シャワーを浴びたい。
ここのシャワーはお湯が出る(水しか出ない宿が多い)。シャワーが、体に蓄積されている疲労を洗い流してくれているようだ。気持ちいい。歌でも歌おうか。と思っていると、今まで気がつかなかったが、目の前には小さい窓があって、そこからは家の裏側で作業しているおっさんが見える。おっさんにオレの自慢の若々しい肉体美を見られてしまうところだったではないか。さっと窓を閉めて、山下達郎の「クリスマスイブ」を気持ちよく歌った。
そうだ、まったく雰囲気はないが、今日はクリスマスイブなのだ。宿で、のほほんと休んでいる場合ではない。疲労困憊で体が言うことを聞かずとも、クリスマスイブとは騒ぐ日なのだ。
早朝の山頂で食べた冷凍バナナ、冷え切った食パンとゆで卵を最後に何も食べていない。睡眠欲を満たしたあとは、食欲を満たす番である。同じく腹ペコのゆうやと一緒に街へ繰り出すことにした。
クマのようないびきをかいて爆睡しているリッキーは、寝かしておくことにした。起こそうとして、寝起きのクマの一撃を喰らってはひとたまりもない。触らぬクマに祟りなし。
隣のマルセロ師匠とタイサの部屋もまだ静かだ。ふたりともまだ寝ているのだろう。しょうがないブラジル人たちだ。
サヌールにいた際、オレとゆうやとリッキーの三人で、カルボナーラを食べてからというもの、オレとゆうやはカルボナーラにハマってしまったようだ。
オレたちはどうしてもカルボナーラが食べたくなった。ふたりで、ウブドの街をカルボナーラを求めて歩き回った。もちろん、安くてボリュームがあるやつ。
鉄下駄を履いて足首におもりを巻いてるかのように重い足を引きずって、カルボナーラを求めて歩きまくった。観光客向けの高そうなレストランばかりしか目に入らない。地元民が行くような安い軽食屋はどこなんだ。ひたすら歩き続けた。そして、とうとう見つけたのだ。ボロボロの誰も入っていない軽食屋。見るからに安そうだ。
メニューを見ると確かに安い。ついに見つけたのだ。地元民ばかりが入りそうなボロい軽食屋(けなしているわけではない)。
もちろん、カルボナーラを注文する。と思いきや、ゆうやはサンドイッチを注文しているではないか。何という裏切り。オレたちはカルボナーラという強い絆で結ばれていたのではないか。いや、別の意味にとらわれる可能性があるから、やめておこう。食べたいものを食べればいいのだ。そうだ、我々は自由なのだ。
それぞれが思うままに食欲を満たした。それでいいではないか。宿へ戻ろう。
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