第60話 腹痛プロライダーの教え
しばらくして、マルセロとリッキーも合流すると、僕たちのディナーはスタートした。
インド料理のレストランとあって、やはりカレーとナンがうまい。僕が頼んだチーズナンは、僕がバリで食べたものの中でバビグリン(豚の丸焼き)に次いで旨い。有名どころのナシゴレンもうまいのだが、辛いんだよ。
ただでさえモチモチ感がたまらないナンなのに、とろーりチーズが加わってしまうと、もうどうしようもない。
ひと口かぶりつく度にびよーーーーーんと伸びる。
自分の世界に入り込んで、ナンの味と食感を楽しんでいたのだが、僕はあることに気がついた。
「どうしたの、リッキー?」
いつもは豪快な食べっぷりのリッキーだが、顔色が悪く、ほとんど料理に手を付けていない。
「さっきからずっとお腹が痛いんだ・・・」トリッキーは応えた。
さっき屋台で食べたものに当たったのかもしれない、と僕は思ったのだが、僕とゆうやもほぼ同じものを食べたはずなのに、ピンピンしている。
リッキーの場合、特大ミートパイも食べたことだし、単なる食べ過ぎか運悪く肉の焼けてない部分を食べたのだろう。と、僕が思っていると、本格的に気分が悪くなってきたようで
「ユウマ、オレを宿に送ってくれないか。もう限界だ」と僕を見た。
リッキーは自分の注文した分のお金をマルセロに渡すと、「すまんな、みんな」と席を立った。
なぜバイク初心者の僕に頼むかと不思議に思いながら、僕が先にスクーターにまたがろうとすると、リッキーが制した。
「待て、オレが運転する」
まあ、確かに初心者の僕が運転するよりも、ロンドンでもいつもバイクを運転しているリッキーが運転したほうが安全だ。すでに2週間以上も同じ部屋で寝てる僕とリッキーだから、僕に信頼を寄せているかと思いきや、この役回りは、リッキーが帰ったあとバイクを元の場所に戻すだけという、ただの雑用であることに僕は気づいたのである。
まあいい、許す。そんな小さいことは気にしない僕は、黙って顔色の悪いリッキーの操るスクーターの後ろにまたがった。
その瞬間だった。
ブーーーーーン!!!
ありえないほどの全開加速をかますリッキー。
そして、ここからは、リッキーのプロ級のライディングテクニックのオンパレードが始まるのであった。
一刻も早く宿で休みたいというリッキーの強い気持ちも作用したのであろう。ちょっとした渋滞もするりと交わしていき、急カーブも高い進入速度で、車体を限界まで倒してコーナリングしていく。
後ろに座っている僕も、集中してリッキーの運転に応じて体重移動しないと、転倒しかねないほどの領域だ。
なんだ、このクレイジーなライディングは! こうやれば速く走れるのか。
それにしても、激しい腹痛にもかかわらず、高い集中力を維持してここまでのライディングをするとは、リッキー、恐るべしである。
僕は、そのあともリッキーのテクニックをひとつとして逃すまいと、彼の一挙手一投足に気を配りました。
リッキーのライディングレッスンは一瞬で終わり、無事に宿に着くと、彼はすぐに部屋に入っていった。
僕は、トイレにこもるかもしれないリッキーに「ウォシュレットは使っちゃダメだよ」と忠告するのを忘れた。
そこには、あの殺人ウォシュレットがあるのだ。お尻からリッキーにとどめを刺しかねないほどの威力だ。
リッキーに幸あれ。無事だったら、今度はオレとレースだからな。と、心で思いながら、僕は宿をあとにした。
リッキーのライディングテクニックを思い出して、少し試しながらレストランへ戻った。このときに学んだテクニックは、後に大いに活かされることになるのであった。
僕がレストランに戻ると、他のみんなはすでに食べ終わっていて、テーブルには、食べている途中で席を立った僕のカレーだけが残されていた。先程までの湯気もすっかり消え失せ、カレーは完璧に冷え切っている。
おいしさ半減のカレーを頬張る僕が食べ終わるのを待つみんなの視線も冷ややかだ。
なんなんだ、こいつら。僕は好意でリッキーを送り届けた、いや、バイクを回収しに行ったというのに。ゆっくり食べさせてくれよ。
しかし、ここに取り残されたゆうやにとっては、待っている間、拷問のような時間であったろうことが想像できた。ゆうや以外は全員ブラジル人の中で、おしゃべりな彼らが気を使って英語をしゃべってくれるはずがない(ブラジル人の母語はポルトガル語)。
それに比べたら、僕はジェットコースターのようなアトラクションを体験して、帰りはリアルなひとりバイクレースを楽しんでいる。
ライディングレッスンも受けられたし、結果オーライ。冷めきったカレーのことは、ふぅ~っと流してやることにした。
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