第98話 心のトンネル開通

第98話 心のトンネル開通

 

 

読者のみなさんはドイツ人女子大生ソフィーを覚えているだろうか。

おそらく、この写真を見れば思い出してくれるだろう。

 

 

 

 

普段の僕は連絡がマメな方ではないのだが、彼女とレンボンガン島で別れた後も僕たちは連絡を取り合っていた。

むしろ、彼女の方から連絡をくれた。

お互いの動向をその都度報告しあって、バリから帰る前にもう一度会おうという話になっていた。

 

今振り返ってみると、もしかしたら彼女は僕に気があったかもしれない。僕が典型的な勘違い男である可能性もあるが。

 

とにかく、僕たちは再び会うことになった。

金髪姉ちゃんに誘われるなんて人生で何度もあることではないので、もちろん僕のテンションが上ったことは隠す必要はないだろう。僕のように、冴えない日本男児なら一度は夢見ることだと思う。

 

僕たちはシーシャ(水タバコ)カフェで待ち合わせた。

僕が着いた時、彼女はすでにシーシャを吸っていた。彼女は店内で僕の姿を店内に見つけると、席から笑顔で手を振った。

 

僕は席につき、ホットミルクティーをウェイトレスに頼んだ。彼女もシーシャをテーブルの端に置きティーを頼んだ。

それから僕たちは、レンボンガン島で別れたあと、お互いにどんなことをしたのか交互に話した。

 

僕にとって、金髪女性と二人きりで会うという状況は、緊張して喋れなくなりそうだが、この時は違った。なんだか落ち着くような雰囲気だ。これは、僕のコミュ力が上がったのか、彼女と僕の関係性がそんな雰囲気を生んでいるかと言われれば、僕は後者の方だと思う。

 

心地よい雰囲気の中、僕たちは1時間ほど話した。

その後、彼女の提案で、彼女が滞在している宿のプールサイドでビールを飲むこととなった。

 

ここまでいい雰囲気だったが、僕の身には定期的にハプニングが起きる。このときも例外ではなかった。

スクーターのエンジンをかけようとするが、鍵が見当たらない。ポケットにもない、駐輪場までの歩いてきた道を辿っても見つからない。

 

ソフィーに鍵をなくしてしまったことを伝えると、彼女も一緒に探してくれた。

僕たちが座っていた席には次の客がすでに座っていたので、ひと声かけてからソファを探してみたが見つからない。

 

僕の頭は真っ白になった。焦る僕を見た彼女は店員に話してくれて、店員も一緒に探し始めた。

その甲斐あって15分後に鍵は出てきた。

 

本当に自分の不注意な性格には毎回迷惑させられる。おい、迷惑だぞ、自分、しっかりしろ、と言ってもしょうがないので、これもひとつの個性と捉えることにする、という考えが、いつになっても注意深さを身につけられない原因だろう。仕方がない。

 

やっと落ち着きを取り戻した僕は、ソフィーの後を追ってスクーターを走らせた。

僕たちは先にスーパーでビンタンビールを2本ずつ買い、それから彼女の泊まっている宿へ向かった。その後10分もしないうちに、すぐにたどり着いた。

 

宿の敷地内に入るとすぐ目の前にプールがあって、プールを囲むように高級マンションのような建物が建っている。ソフィーによると、部屋のほとんどがドミトリーらしい。なんと贅沢なドミトリーだろう。それでも、これまでの僕のバリの滞在歴から予想すると手頃な料金だと思う。

 

僕たちはプールに足を入れ、プールサイドに並んで座った。熱帯夜の中、足だけがひんやりと気持ちいい。

僕たち以外に誰もいなくて、辺りは静まり返っている。

僕たちは瓶ビールの栓を抜き乾杯した。

 

カフェのときの雰囲気とは打って変わって、ロマンティックな雰囲気が漂っている。

ロマンティック過ぎて僕にはどうしていいかわからない。仕方なく、僕は彼女の話に耳を傾けることにした。

 

聞き役に徹したのはいいものの、僕が覚えている彼女の話といえば、彼女はミュンヘンのあるレストランでアルバイトをしていて、ときどき日本人客もいるが、日本人客はチップを払わなかったり払ったとしても小額だから嫌だ、という話だけだ。

日本にはチップの文化がないからしょうがないよ、僕が観光で来たら適切な分払うからさ、と一応フォローを入れておいた。

 

この他に僕は、ソフィーと男女の関係になるための次のステップはなんだろう、ということを考えたりもしたが、何も行動を起こさなかった。

レンボンガンで会った時はマルセロやリッキーがいて、二人だけでゆっくりと話せなかったので、個人的な話や他愛もない話ができたのが、僕は本当に嬉しかった。

 

二人の心と心に小さなトンネルが開通したと僕は思う。また会った時に、バリでの思い出などいろんな話ができたらいいなと思う。

そうは言っても彼女も人間なので、もしかしたら忘れ去られてしまう可能性もある。そうならないように、僕は対策を練っておいた。

帰り際に日本の100円玉を彼女に渡して、100円玉を見ると僕を思い出すように、と指示しておいた。

 

「僕が来るまで預かってて。ドイツに必ずそれを取りに行くから」

と僕が言うと、彼女は笑顔で頷いた。

 

そして、僕は彼女と別れた。

 

 

 

あれから2年がたつ。まだドイツに行けてないが、彼女はまだ僕のことを覚えてくれているだろうか。

この夜は、旅先で出会った人と心を通わすことができた(と思う)、僕にとって特別な夜だった。

 

 

 

 

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