第64話 リッキー氏

第64話 リッキー氏

 

 

僕たちがビーチに辿り着いたとき、闇が空を覆い始めていた。

ビーチへ行くには、大きな岩の間にあるかろうじて人がひとり通れる階段を下りていかなければならなかった。

暗くなり始めているこの時間帯に海に向かっていくのは僕たちだけだ。上がってくる人たちをよそ目に、僕たちは階段を下りていった。

 

 

 

階段の下までいくと満潮に近づいているようで、すぐ目の前まで海が迫っていた。すぐそばの岩の上の展望台のような場所に脱いだTシャツとサンダルを置いた。これで波に持っていかれることはない。

僕が手間取っている間に、ブラジル人たちは先に海に入っていた。

 

 

 

あまり海が好きではないゆうやと、暗くなり始めて不気味さが増していく海が怖い僕は、水面が腰までの高さのところで彼らの様子を見守っていた。

何もこんな暗いときに泳ぐ必要ないじゃん、と思っていると、マルセロが僕たちに声をかけてきた。

 

 

 

「お前ら、怖くてそこでチビッてるのか。早くこっちに来いよ!」

「わかったよ(半分当たってはいるけど、チビッてるは余計だ)」

むしろ、トイレに行ってくると言って、海に入っていくお前らに言われたくはない(ブラジルのビーチでは、日本のように設備が整っていないところもあり、トイレがないこともある。その場合、文字通り海がトイレになるのである)

 

 

 

水平線の向こうには、まだわずかに太陽の光が照らしつつも、漆黒の闇が空を侵食してきている。そのコントラストが綺麗ではあるのだが、やはり夜の海で泳ぐとは、こいつらどうかしてる。

足は届いても、首の高さまで水が来てしまっては恐怖でしかない。

恐怖に襲われている僕とは対照的に、そこら辺をプカプカと浮いて余裕かましてるリッキーがなんかムカつく。沈没してしまえばいいのに。

 

 

 

僕は恐怖に耐えきれなくなり、数分で浅瀬に避難した。僕にとって夜の海は眺めるものであり、泳ぐものではない。

完全に辺りが暗くなり、ようやく全員が海から上がった。

階段を上っていく途中で、リッキーがスマホを構えていた。

 

 

 

 

 

宿に戻る途中で、僕たちのためにあるようなレストランを見つけた。その看板を見ると、僕たちは止まらざるを得ない。特に、彼らブラジル人は。ブラジル料理のレストランを見つけたのだった。

ブラジル料理といえば、シュラスコ(ブラジリアンバーベキュー、肉食べ放題)なのだが、このレストランにそんな豪華な雰囲気などない。質素なインテリアのレストランは何を提供してくれるのか。

 

 

 

どうやら、牛肉、鶏肉、豚肉のソテーを1枚と、それ以外のライス、サラダ、マッシュポテト、フェジョン(煮込んだ豆料理、ブラジル料理)が食べ放題のちょいバイキングスタイルのレストランのようだ。

さっそく、おのおのが好きなだけ皿によそっていく。お腹を空かせた男性陣の皿はみんな大盛りになっていた。

 

 

 

 

小学生の時、クラスでもトップクラスの大食いだった僕が、おかわりするために早食いしたように、このときもフォークとナイフは爆速で動き、僕の皿からみるみるうちにご飯がなくなっていった。

しかし、上には上がいた。ご存知、巨漢リッキーである。僕よりもはるか先に一杯目を食べ終えて、すでに二杯目に取り掛かっていた。

 

 

 

リッキーのことが、もはや、ちゃんこをかきこむ力士にしか見えない。リッキー改め、リッキー氏。なんてな。

僕も負けじとフェジョン、ライス、マッシュポテトを皿いっぱいによそって二杯目に取り掛かった。

二杯目を食べる頃には、僕の胃袋はキャパをすべて使い切っていた。しかし、リッキー氏は違う。三杯目も食べた。先に限界が来たのは店のほうだった。

 

 

 

リッキー氏が店の料理すべてを完食してしまったのだ。

久しぶりに食べる故郷の味で、満足そうなブラジル人たちであった。特にリッキー氏。

僕もゆうやも以前にブラジルに行ったことがあるので、全員がブラジルに何かしらの縁がある。食べる物がマンネリ化していたので、ちょうどいい機会であった。

 

 

 

僕たちは食欲を満たすと、宿へ戻っていった。

 

 

 

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