第10話 思い出の地
翌朝、僕は誰かの足音で一度目が覚めた。どうやらホストが起きてきたようだ。
彼女はリビングを横切ってキッチンへ向かい、朝食の仕度を始めた。
そこで僕は再び眠りについたようだ。
次に僕が起きたときにはホストはいなくなっていた。
寝起きで頭がぼーっとしている僕は、リビングの窓から見える外の景色を眺めていた。夜は気づかなかったが、このマンションの周りは住宅街というわけでもなく、たくさんの緑の木々に囲まれていた。
濃い緑の中にぽつぽつと白い建物の屋根がいくつか顔を出している。
ここから歩いてどこかへ行けるという場所でもなさそうだ。
それから昨夜少し顔を合わせた金髪のお姉さんがリビングへやってきた。
彼女の名前はサラ。1年以上世界を旅しているようだ。しばらく彼女の話を聞いたはずなのだが全然覚えていない。
なぜなら、ホストのルームメイトの男が話した内容がインパクトありすぎた。
男はマレーシア人で僕と同年代で、ホストの女性とはルームメイトであって恋人の関係ではないらしい。
男同士で話すと、やはり話題は女の子のことになる。今まで何人と経験があるのか、今彼女はいるのかとか、どこどこの国の女の子たちは美人だ、とかそんなことである。
僕の話なんかどうでもいいのだが、彼の話した内容が僕にとっては恐怖でしかなかった。
というのも、彼がつい最近別れた彼女の支配欲が、僕の想像を絶するものだったのだ。
彼はその彼女と同棲していたらしいのだが、彼の給料や行動など何から何まで彼女がすべて管理していた。旅行に行きたくても行けない、友達と遊びに行きたくても行かせてもらえない、地獄のような毎日を送っていたことを語った。
普通ならなかなか別れられず、結局は結婚までいきそうなものだが、彼はどうにか別れられたらしい。
彼の勇気ある行動に関心するとともに、対等ではなく上下関係ができあがってしまったパートナーとは結局長続きしないんだなと思う僕であった。
世の中にはいろんな人がいるが、何もかも支配しようとするような人とは関わりたくない。人間として魅力的で何かしら尊敬できる部分がある人と繋がっていきたい。僕は彼の話を聞きながら、そんなことを考えた。
自由の身となった彼に、僕が過去に読んたおもしろい本を紹介した。
ザ・ゲーム
世界的に有名なナンパ本で、冴えないライターの著者が有名なナンパ師からテクニックを学び数々の女性を落としていくとう内容。ブリトニー・スピアーズやパリス・ヒルトンも出てくるので、読み物としても楽しめる。
僕が簡単に内容を説明すると、彼は興味を持ちすぐにネットで検索して、内容やレビューをひと通り読むと注文した。
彼との話を終えると、僕は出かける仕度をして部屋を出た。
今日はマークのおすすめの場所に行く予定だ。マンションの近くにはバスや電車も通っていないようなので、僕はGrab(配車アプリ)で車を読んだ。
5分もすると車がやってきた。
車に乗り込むと、僕よりは年上であろう3、40代の男性ドライバーが温かく迎えてくれた。
彼のホスピタリティーはすごくて、車には水、飴などが用意されていた。軽く話しながら目的地まで連れて行ってくれただけのドライバーたちとは訳が違う。とはいっても、それが普通なのだが。
僕が乗ったこれまでのGrabの中でダントツのホスピタリティーであった。ドライバーは目的地まで気さくに話しかけてくれて、終始楽しい会話ができた。
旅先ではハプニングに遭遇することが多い僕だが、こういった出会いがあるのもいいものだ。
目的地につくと、そこはたくさんの露店が並ぶ市場であった。
腹も減ってないし、特に物欲もあるわけでもないので、ざっと歩きながら眺めた。しばらく歩いていると、僕はおぼろげではあるが、この場所に見覚えがあるような気がし始めた。
さらに歩いていくと、僕は完璧に思い出した。
以前、僕がバリに行った際、友達にお使いを頼まれて、途中でマレーシアに立ち寄った。(バリ島の大冒険、第22話 ミッションを与えよう 参照)
その時にも来たことがある場所であった。
その時は散々歩き回ったので、だいぶこの辺りの地理を覚えた。ということは、その時に泊まったホステルも近くにある。
思い出の地に戻ってきたことに嬉しくなって、気がつけばホステルの方に歩を進めていた。
僕ははっきりと覚えている。セブンイレブンとケンタッキーを通り過ぎ、さらに先へと進んだ。
すると、ついにたどり着いた。
トイレにiPhoneを落としたり、シャワー中に排水口から現れたムカデと格闘したり(バリ島の大冒険 第27話 裸の決闘 参照)、ハッピーエンディング体験(第29話 人生で一番にやけた瞬間 参照)など、僕の思い出がつまったホステルだ。
外から覗いてみたが、当時仲良くなったスタッフのマイケルはいないみたいだ。
このホステルに来たからといって泊まるわけでもないので、僕はその先にある歓楽街へと向かった。
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