第8話 ジョホールバルの歓喜

第8話 ジョホールバルの歓喜

 

 

シンガポールからは2時間もかからずにマレーシアのジョホールバルまで来ることができた。

 

サッカーが好きな人なら一度は耳にしたことがあると思うが、あの「ジョホールバルの歓喜(サッカー日本代表がワールドカップ初出場を決めた試合の開催地)」のジョホールバルに僕はいる。僕は、あの、日本代表が歴史に名を刻んだ場所に立っている。

 

なんと感慨深いことか。

 

とは、ならなないのである。一応知識としてはそんなことを知っているが、ジョホールバルについて知っていることは、以上である。

サウジアラビアやイランのような白装束の人たちが多いのかと思っていたが、そんなことはなく、僕の予想を裏切って大都会そのものだ。

 

 

 

 

ジョホールバルで1泊してもおもしろそうだが、クアラルンプールでマークが心配して待っているので、僕は行かねばならない。

待ってろ、ジョホールバル。次に来た時は、僕だって何かしらの歓喜の雄叫びを上げたい。日本代表だけにいい思いをさせてなるものか。僕の歓喜の種類はサッカーのものとは違うかもしれないが──きっとあんなことやこんなことになるとは思うが──次回に期待しようと思う。

 

ヒッチハイクに6時間も挑戦したもんだから、その間何も食べられず、僕は死ぬほど腹が減っている。

ターミナルにドーナツ屋があったので、そこでホイップクリームがたっぷり入ったドーナツ、キャラメルクリームが目一杯詰め込まれたドーナツ、チョコレートソースがこれでもかと塗りたくられたドーナツと、特大のアイスコーヒーを購入した。

 

揚げ物、大量の砂糖という最高に体に悪い特徴を持ったこの食べ物は、僕の胃の中でクアラルンプールにたどり着くまで滞在してくれて非常に助かった。アイスコーヒーのカフェインが体への悪影響を相殺してくれたはずなので一安心だ。

こういうことを続けて人は太り、やがて病気になり、後悔しながら死んでいくのだろう。

 

ここまで来てしまえば、ヒッチハイクなど、もうどうでもよくなってしまった。ヒッチハイクに執着しすぎたため、今は時間との戦いになってしまった。これだけは言える。僕の辞書に「自業自得」の文字はない。

現在時刻、夕方6時。クアラルンプールまでは4、5時間かかるらしいので、僕は先を急いだ。

 

まずはクアラルンプール行きのバスが出るターミナルへ行くために、バスに乗らなければならない。

バス乗り場に行った僕はその光景に驚いた。

 

バス乗り場では何十人、何百人と人が並んでいる。しかも、バスごとにレーンが別れているわけではなく、出発時刻になると一箇所のバス乗り場の前にバスが停まるシステムらしい。それによって、バス自体も列をなしている。もうわけがわからない。

 

バスの発車時刻を調べて僕も一応列に並んだが、人もバスも多すぎてうんざりする。耐えきれずに、僕はすぐにタクシー乗り場に移動した。

 

普通のタクシーに乗ってはぼったくられる可能性もあるので、僕はGrab(配車サービス)でタクシーを呼んだ。

5分もしないうちにすぐに近くのタクシーが僕を迎えに来た。アプリに登録されているクレジットカードでオンラインで支払い完了となるので、ぼったくられる心配がない。なんとも便利な世の中だ。

 

先程のバスターミナルは近代的なデザインで新しさを感じたが、今度のは古い建物だった。しかし、共通していることがひとつ、あまりに広すぎる。

チケット売り場を見つけて、クアラルンプールへのチケットを購入した。一番早く出るバスで出発時刻は夜8時。

僕はすぐにマークにメッセージを入れておいた。

 

今のうちに手当たり次第、カウチサーフィンのホストに宿泊リクエストを送っておいた。

僕がクアラルンプールに到着するのは深夜で日付が代わってしまう。自分が置かれている状況の深刻さに気づき、のんびりな性格の僕にも少し焦りが生じてきた。

 

たとえヒッチハイクで6時間浪費しても、過ぎてしまった時間は取り戻せないので僕に何もできることはない。僕は出発時刻まで適当に時間を潰し、それからバスに乗り込んだ。

バスの中はエアコンが効いていて快適だ。シートのクッションも悪くない。移動の疲れもあって、僕はしばらく眠りについた。

 

時計に目を落とすと3時間以上経っていた。

寝ている間にカウチサーフィンのホストからもいくつかレスポンスがあった。

ほとんどが受け入れ不可の返事だったが、幸運にもひとつ「受け入れ承諾」があった。

 

もし宿泊先が見つからなければ、マークがウチに泊まってもいい、ベッド1つだけだからシェアすることになるが、とのことだったので、僕は心底ホッとした。

さすがに男同士でベッドのシェアはお断りする。

 

僕の人生で一度だけ経験あるが──もちろんベッドのシェアという意味だ、勘違いしてもらっては困る──あれは仕方がなかった。内緒の話である。

 

マークは僕のことを常に心配してくれて、迷惑をかけている僕としては非常に申し訳ない気持ちになった。

 

 

クアラルンプールのバスターミナルに着く頃には、午前1時半を過ぎていた。

マークには本当に申し訳ないが、ひとつだけ言わせもらう。

 

 

 

 

 

 

これも全部、シンガポールで僕を拾ってくれなかったドライバーたちが悪い。

 

 

 

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