第37話 神の山を登る
車に揺られること約1時間、ついにウブドから目的地のアグン山に到着した。
オレの強みは、いつでもどこでも眠ければどんな環境だろうと寝れること。おかげで、出発30分前までお酒を飲んで酔っていたが、だいぶ回復したようだ。
今は午前1時。車を降りると、いくつか街灯があってオレンジの光があたりを照らしている。ここは山の1400m地点ということで、ウブドを出発した時よりヒンヤリしていて寒い。即座にダウンジャケットを羽織った。
まず最初に、受付で名簿に名前を書く。それから、ガイド2人をつけて、オレたち5人でひとり1000円ずつほど支払った。それから、頂上で食べる朝食、水500ml、ヘッドライトが各自に手渡された。準備ができるといよいよスタートだ。
スタートの前にまずは記念写真。こんな余裕しゃくしゃくな顔をしていられるのは、今だけなのである。笑
オレたちアグン山について何も知らずに、まるで、ちょっとしたハイキングに行くような軽い気持ちで出発した。
階段を上ると目の前に大きな寺院があって、オレたちはその左側へ向かった。すると、目の前は真っ暗な森の中。すぐにヘッドライトをつけると、十分とは言えない僅かな光が森の中の登山道を照らした。ガイドのうちのひとりが先頭になって、もうひとりがオレたちの間に入ってスタートした。
登山道は、人がひとり通れるくらいのスペースで、土の地面は少しやわらかくて滑りやすくなっている。森の中に滑り落ちたら死んでしまうかもしれない。沖縄出身のオレにとっては、森の茂みから猛獣やハブ(沖縄に生息する毒蛇)が出てこないかも不安要素のひとつである。足元にも猛獣にも細心の注意を払いながら道を進んだ。
悪路を進んでいるが、思ったよりもきつくないゆっくりなペースで進んでいる。あまりの遅さに耐えきれなくなったのか、リッキーが先頭まで追い越して進み始めた。
まだまだ先は長いのに、飛ばしすぎて途中で絶対バテるパターンのやつだとオレは思ったが、視界の悪い中、猛獣を警戒しているのでリッキーのことに構っていられない。
引き続き、思ったよりも傾斜の緩やかな森の中を進んでいると、後ろの方から急に「ギャー!ギャー!」と悲鳴のような奇声が聞こえてきた。突然のできごとに、オレは猛獣が襲ってきたと思ってびっくりした。後ろを振り返ると、暗闇の中に小さな明かりが見えて、それがだんだんと近づいてきた。
よく見ると、2、30人の白装束の集団だった。顔をみたところ、地元の人達のようだ。ガイドに聞いてみると、彼らは地元の人達で、山頂でヒンドゥー教の儀式をするらしい。儀式の生贄用にヤギも連れている。なるほど。先程の奇声の正体はヤギだったのか。肝を冷やした。この先の己の運命を知って、ヤギは抵抗して鳴いているのかもしれない。
気を取り直して、オレたちは先へ進んだ。先へ進むに連れてだんだんと勾配がきつくなってきた。スタート時は半袖では寒かった気温だが、長い距離を歩くに連れて体が温まって、ダウンジャケットでは暑いので脱いだ。先頭のリッキーはいつの間にか上半身は裸になって、裸エプロンならぬ裸リュック状態になっている。目も当てられない。
リッキーにさっきまでの勢いはなく、ゼェゼェと呼吸が早くなって動きも遅くなって、ついには列の最後尾になった。
1時間後、腰を下ろせる場所を見つけて、最初の休憩に入った。動きを止めると、この気温では汗をかいた体が急激に冷えて寒気がしてきたので、再びダウンジャケットを羽織った。はだかリュックのリッキーも服を着たのだった。
ガイドのおっちゃんが、持参していたビスケットをみんなに配った。ありがたくもらって、ビスケットを口に入れると口の中の水分が、手品のように一瞬にして消えた。そしてすぐに、むせて呼吸が苦しくなり、水で流し込んだ。
のどが乾いているときのビスケットは非常に危険である。もう少しで、ガイドの優しさによって死ぬところだった。この山は危険だらけである。
まだオレの体にアルコールが残っているようで、利尿作用で小便がしたくなった。用を足したくてもトイレがあるはずもなく、草むらで済ませるしかない。みんなから見えない草むらに行って、チャックを下ろした。その瞬間、レンボンガン島でのち◯こが危険にさらされた事件(第14話ち◯こ危機一髪!?参照)がフラッシュバックして、恐怖心に襲われて身震いした。
今回は無事に、何者にも襲われることなく用を足せた。15分ほどの休憩を終えて、一同は再び頂上に向けて出発した。
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