第53話 最高の晩餐

第53話 最高の晩餐

 

 

豚が焼き上がると宿のオーナーのおばちゃんが、豚肉を少し神様にお供えすることを説明して、プールのすぐそばにあるガネーシャ像(ヒンドゥー教の神様でゾウの姿をしている)の前に切り分けた肉を供えた。

思った通り、数分後には大量のハエがたかり始めた。神様というよりハエたちに供えたことになる。今日はクリスマスだから、お前らにもご馳走をやろう。今日だけだぞ。

 

 

 

僕たちのテーブルに大きな豚の丸焼きがどんと置かれた。つい数時間前まで鳴き声をあげていた豚が、今は丸焼きにされて目の前に置かれていることを考えると、なんだか気の毒に思う。僕は豚の分までたくさん生きようと心の中で誓って、気持ちを切り替えた。

 

 

 

許せ、豚よ。貴様を食らって、我は生き永らえようぞ。

 

 

 

 

ディナーの準備が整うと、キャプテンマルセロがお祈りを捧げた。

「みんな、今夜この場で一緒にディナーを共にすることができて嬉しく思う。今夜はクリスマスにふさわしい豪華なごちそうもある。みんなで楽しもう。メリークリスマス!」

一同「メリークリスマス(いただきます)」

 

 

 

みな一斉に手と口を動かし始め、一気に騒がしくなり始めた。

食べやすいようにスタッフが切り分けた肉を一切れ口に放り込んでみた。一瞬で口の中に肉の肉汁が広がり、僕は凄まじい幸福感に包まれた。焼き肉屋で一枚目のカルビを食べたとき以上の幸福感だ。

一瞬、別次元にトリップしていたかもしれない。みんなの動きが1.5倍速に見える。極上の肉がみんなの食欲に火をつけたのだろう。

 

 

用意されていたご飯をよそおうとすると、僕はあることに気づいた。ご飯に細かく刻まれた唐辛子やにんにくがふんだんに入っている。ご飯よりも唐辛子がメインかと思うほどの量である。これは、ただでは美味しいもの(豚の丸焼き)を食べさせはしないぞ、というスタッフの嫌がらせとも取れる。

だが、周りを見ると、みんな辛そうにしながらも普通に食べている。どうやら嫌がらせではないようだ。

 

 

 

僕と同じく辛いものが苦手なゆうやと目を合わせると、彼も僕と同じく衝撃を受けているようで目が点になっている。

肉だけじゃ物足りない。焼肉屋のカルビはご飯と一緒に食べるからうまいわけで、肉だけでは肉のポテンシャルが半減してしまう。どうしてもご飯が食べたい。でもこのご飯を食べるとその後どうなるか想像がつく。

 

 

 

1分ほど葛藤しながらも、僕は覚悟を決めた。唐辛子ご飯をひと口食べると、アルコール96%のスピリタスを飲んだときのように口に中に業火が広がり、ご飯を飲み込んでも胃の中でも唐辛子が激しく自己主張している。それだけではなかった。一瞬にして真夏にサッカーをするときのようなナイアガラの滝に匹敵する汗が流れ出てきた。たださえ汗かきな僕なのに、唐辛子が僕の汗スイッチを全開にしてしまった。全身のすべての汗腺がフル稼動している。

 

 

 

涙腺まで稼動してしまいそうである。泣きたいよお母さん。僕はこんな罰ゲームのような食べ物を食べるためにバリに来たのではない。

大量にビンタンビールを流し込んでどうにか業火を鎮火したが、一度アクティベートされた僕のナイアガラシステム(発汗ともいう)はしばらく止まりそうもない。

 

 

 

もうこうなったらヤケクソだ、ご飯の旨さを探求しようなどと考えていると、だんだんと辛さにも慣れてきておいしく感じられた。

ここまでの時間、約5分である。

 

 

 

 

肉といえば、やはりタレである。タレがあるからこそ肉のポテンシャルはさらに引き上げられる。焼肉屋のカルビの旨さはタレで決まる。タレがすべてだ、とまでは言えないが、それほど焼き肉におけるタレの重要度は高いのである。

ここでもスタッフが手間暇かけて作ったタレを用意してくれた。

 

 

 

そのタレとは、豚から抜いた血に細かく刻んだ唐辛子を混ぜたものである。また唐辛子か、こいつら、本当に嫌がらせとしか思えない。それに血って・・・。

衛生面で良くない気がする。血を飲む人の体から寄生虫が発見されたという話を聞いたことがあるので、これだけはパスだ。

 

 

 

気がつけばバビグリンの準備をしたスタッフたちも、僕たちの席の横で集まって大仕事を終えた後のお疲れさん会的な感じで、みな楽しそうに飲み食いしている。自分たちの肉も切り分けて食べていたようだ。

このことがあとで大問題となることは、このときはまだ知る由もなかったのである。

 

 



 

この記事がおもしろかったら、いいねやシェアお願いします。