第57話 あの車を追ってくれ
僕たちはサヌールに向かうため、2台に分かれてタクシーに乗り込んだ。
部屋の振り分け方は、いつの間にかこの場合にも適用されていた。つまり、カップルか独り身かで分けられる。
マルセロとタイサ、アレックスとビビのカップル組と、僕とリッキーとゆうや独り身トリオに分かれた。
なんか独り身の3人が立場的に下に見られているような気がする。僕の気のせいだと思いたい。それとも被害妄想だろうか。ブラジル人男性陣は食べ物の恨みの名残りで、そんなことまったく考えていないだろうが。独り身のほうが自由だぞー、なんて負け惜しみを心の中で叫びながら、僕は車に乗り込んだ。
車が走り出すと、僕は窓から流れる広大な景色を眺めながら、アメドでの出来事なんかを振り返っていた。そのうち、いつの間にか眠っていたのだが、ゴトンという強い衝撃で僕は目を覚ました。
何が起こったのかと窓の外を見てみると、先程の倍以上の速さで景色が流れている。あまりに速すぎる。
次に前方を見てみると、マルセロたちが乗っている車を猛スピードで追っかけていることが判明したのだった。
急いで飛び乗ってきた客に「あの車を追ってくれ!」と言われたタクシーの運転手くらい気合が入ったドライビングをしている。何をそんなに急ぐ必要があるのか。
このドライバーは信用できるのか、と思いながら彼のドライビングを見守っていたのだが、プロレーサー顔負けの鮮やかなドライビングテクニックのオンパレード。逆に安心感を覚えてしまった。
あなたは今、ドライビングを語った僕に対して、お前にドライビングの何がわかるんだ、と思っているだろう。私がやり遂げたことを忘れてはいけないぞ。私はバリで初めて原付き以外のバイクを運転して、3日目にはスーパー二輪ドリフトを決めている。
あれは文句のつけようのない10点満点だった。自己採点だが。
そんな私の目から見てもこのドライバーの運転は冴え渡っていた。
しかし、いくつものカーブが重なる峠道に差し掛かると、運が悪いことに、ドライビングスキルのないしょうもないドライバーたちによるノロノロ運転、俗にいう安全運転によって、ちょっとした渋滞ができあがっていた。
シューマッハ(ドイツの元F1ドライバー)、敬意を表してドライバーをこう呼ぶことにしよう。シューマッハは車を少し横にずらして、対向車が来ないか確認しながら追い越しのチャンスを伺っている。
対向車がいないことを確認すると、チャンスとばかりにフル加速をして追い越していく、ということを何度も繰り返した。
カーブで対向車が来るかわからない状況ですら、シューマッハは追い越しを図った。実はこれは相当なハイリスクなのである。走り屋のバイブルといってもいい頭文字D(イニシャルD)を読破した僕だから言えるのだが、暗い峠道で走る場合なら、対向車の有無は夜道を照らすヘッドライトの光量の変化でわかる。
頭文字D(イニシャルD)とは週刊ヤングマガジンに連載された、しげの秀一さん原作による、峠道を舞台にした走り屋漫画である。この漫画をきっかけに車好きになった人は数知れない。
しかし、真っ昼間の場合は、ヘッドライトという手がかりも何も状態なので、カーブに対向車がいるのかは車が現れたときにしかわからない。
シューマッハ、恐るべし。バカと天才は紙一重というが、まさにこのことだろう。きっと、何か対向車の有無を知る彼なりのテクニックがあるに違いない。頭文字Dファンの僕としては、ぜひともそのテクニックをシューマッハに訊いてみたいのだが、今はドライビングにものすごく集中してるだろうから聞くべきではない。
もし、彼の集中力が途切れたら死ぬ可能性だってある。そんなことは御免だ。
ちなみに、マルセロたちを乗せた車はシューマッハよりもさらに速く、抜かれることなく前方を走り続けた。
彼にはさらに敬意を表して、こう名付けよう、チョーマッハ(超マッハ)。
結局、あまりのハイリスクな走行に、僕は気を失ったのか、このあとのことを全く覚えていない。
まあ、本当のことを言うと、僕って見るより、実際にやってみる派じゃないですか。
見てばっかりで飽きて寝落ちしたと思います。
何はともあれ、気がついたときには無事にサヌールに着いてましたよ。
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