第95話 I CAN FLY〜空も飛べるはず〜

第95話 I CAN FLY〜空も飛べるはず〜

 

 

極寒地獄のような山道を抜けてからはあっという間に目的地まで着いた。

 

アグン山の時と同じように、ここでも必ずお金を払ってガイドを雇わなければならない規則であった。

リッキーが受付に抗議したのだが、規則は規則なので変えようがない。ただ雇われているだけの受付に言ってもどうこうなるわけでもなく、ここまで来てガイド料のために引き返すわけにもいかないので、結局、ガイドを一人雇うこととなった。

 

料金は滝までのトレッキングの長さによって異なった。ショート、ミドル、ロングとあったが、僕とリッキーはトレッキングがしたいわけではない。なぜたくさん歩かされるのに、距離が長くなるほど高いお金を払わないといけないのか意味がわからない。もちろん僕たちはショートを選んで、ガイド料ひとりあたり約1000円を支払った。

 

20歳前後の年齢にしては幼い顔のガイドに導かれ、僕たちは滝を目指して歩き始めた。ショートでもトレッキングコースは意外と長く、滝につくまでに30分を要した。

 

ジャンプするポイントの近くには荷物置き場があり、そこでまずは仕度をする。といっても、すでに海パンを履いているのでTシャツを脱いで準備完了だ。

 

ここには高さの違った3つの滝があり、それぞれ5メートル、10メートル、15メートルの高さらしい。僕に全部の滝をジャンプできる度胸があるかわからないが、ひとつずつチャレンジしていこうと思う。

 

そして、僕の勇姿はしっかりと写真に撮って記録に残しておかねばなるまい。ガイドが進んでカメラマンを引き受けてくれた。

しかし、運の悪いことに、僕のスマホのバッテリーが残り10%、携帯充電器はバッテリー切れ。それならば、リッキーのスマホで撮ろうと提案したが、彼のスマホもバッテリー切れ。

 

ずっとグーグルマップを使っていた僕のスマホのバッテリーがなくなるのはわかるが、なぜリッキーのものまでバッテリー切れになるのか、わけがわからない。この役立たずめ、と罵りたい気持ちを抑えて僕は冷静に、残り10%のバッテリーでできるだけ記録を残そうという気持ちでスマホをガイドに渡した。

 

気持ちを切り替えてまずはひとつ目の5メートルの高さだ。

 

 

(正確な高さなのかは疑わしいが)5メートルとは案外低いもので、楽勝で飛べそうだ。それにもかかわらず、あまりの恐怖に泣きじゃくっている女の子がいる。

そんな精神力で来るところじゃない、私が手本を見せてあげよう、と思っているそばからリッキーが勢いよく跳んでいった。

リッキーの巨体に見合った激しい水しぶきが飛び散った。先を越された僕は負けじとすぐに跳んだ。5メートルは本当に一瞬で、すぐに着水した。こんなの余裕しゃくしゃく、朝飯前なのである。

 

僕はふたつ目のポイントへ向かった。滝の上では3人の男性が飛ぼうか躊躇している。僕が滝壺を覗くと足が勝手に震えだした。高さは10メートル、先程の2倍だ。一気に2倍の高さとなると、景色がまるで違う。足が震えるのも人間の生存本能からくる自然な反応だろう。

 

日常生活で自ら10メートルの高さから飛び降りようとするやつなんていない。それは自殺行為でしかない。僕たちはそんなことに挑戦しようというのだ。自殺行為である。

 

いろいろな考えが頭を巡っていたが、またしても僕より先にリッキーが跳んだ。今度は先程よりも滞空時間が長く、水しぶきの音がするのに時間がかかった。何事もなかったかのように水面から顔を出すリッキーが、早く跳べよ、と僕を呼んでいる。

 

リッキーごときに負けてなんかいられない。リッキーにも他の観光客にも、日本男児の真の侍スピリットというものを見せるためには跳ぶしかない。

僕は少し助走距離をとって、思い切り踏み込んだ。そして叫んだ。

 

 

ジェロニモォォォォォ!!

 

あ、間違えた。この場合は『カミカゼ』だった、と思ったが時すでに遅し、僕の体は宙に浮いている、いや、落下している。

ジェットコースターの急降下より何倍もの恐怖を感じている。僕は死ぬのか、そんなことを思っている間に着水していた。

 

水から顔を出すと、リッキーが少し離れたところを泳いでいた。どうやら僕はまだ生きているようだ。

滝の上を見ると、先程の3人が僕たちを尊敬の眼差しで見つめている。一応彼らに手を振って、見ろこれが『真の侍スピリット』だ、どんなもんだい、というドヤ顔で次へ進んだ。

 

三つ目はいよいよラスボス、15メートルの高さだ。

先に跳ぼうと滝壺を見つめるリッキーが怖がっている。これが人として当然の反応だ。リッキーも人の子であったか。

 

しかし、僕は違った。

10メートルを跳んだことにより、ブレイクスルーが起きて強靭な精神力を手に入れていた。滝壺を見ても全然怖くない。

15メートルがなんだというのだ。10メートルと対して変わらないじゃないか。

 

オレが先に跳ぶ、と躊躇しているリッキーを制して僕は前に出た。そして跳んだ。

 

僕は落下している。まだまだ着水しそうにない、何、まだ着水しない、めっちゃ高いじゃないですか。たすけてー。

ドボーンという激しい水の音だけが僕の耳に響いた。と同時に、腕やお尻に激しい衝撃を感じた。その衝撃は5メートルや10メートルの落下とは比べ物にならない。ムチで叩かれたように痛い。

 

こんな表現をすると、僕がSMプレイをして、ムチで叩かれたことがある思う読者もいるかもしないが、宣言しておく。まだ、そんな経験はない。

 

とにかく、僕は生きていた。リッキーが跳ぼうとしているのですぐに滝壺から離れた。

僕が離れると、彼もすぐに跳んだ。見事な跳びっぷりだ。

 

ここで気づいたのだが、スマホを預けていたガイドがいない。10メートル、15メートルのジャンプが記録に残っていない。

周りを見ると、僕たち以外のほとんどの人たちはGoPro(防水アクションカメラ)で撮影していた。僕のスマホはiPhone6sで防水機能はついていない。しかもバッテリー残り10%だ。

 

10メートル、15メートルの滝は水に浸からないと移動できないので、10メートル、15メートルジャンプを撮影したいのなら防水機能は必須というわけだ。仕方ないので、僕は滝ジャンプの写真をあきらめた。

 

しかし、幸運なことに僕の勇姿を写真に収めるチャンスは残されていた。

 

ここにはジャンプ用の3つの滝以外にも、ウォータースライダー(滑り落ちる)用の滝があったのだ。

詳しく説明すると、最初の5メートルのジャンプは滝からでなく、50メートル前方の滝を見ながらジャンプするというもの。

その50メートル先にある滝がウォータースライダー用だ。

 

先にリッキーが挑戦して無事なのを確かめてから僕も挑戦した。

今回はジャンプするよりは怖くはなかった。余裕過ぎたので、僕は別の方法でチャレンジしてみた。

 

 

 

じつは、僕はスーパーマンなのである。ウソである。空を飛ぶのではなく、地上に落下している。

 

スーパーマンを僕が最初にチャレンジしたかと思うかもしれないが、もちろん、誰かが挑戦して無事で済んだので僕は挑戦したまでだ。僕の命を危険に晒す気は毛頭ないんでね。

それでも僕の勇姿はしっかりと映像として記録されたわけだ。大満足である。

 

 

 

読者に伝わらないといけないので、念の為にアップの写真を載せておこう。

 

このあと僕たちは、あと一回ずつそれぞれの滝からジャンプして締めくくった。

15メートルの高さから跳んだことで僕のメンタルは何倍にも強化されたように感じた。あの高さから飛べたのだから、これから先どんなことが起こっても乗り切れる、やってやろうじゃないか、という強い気持ちが確かに湧いてきた。

 

 

しかし、この文章を綴る今現在の自分を冷静に分析して、現実はそんなに甘くない、という結論に至った。

メンタルは凹めば凹むほど強くなる。

 

 

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