第96話 悶絶しそうなほどのバリマッサージ

第96話 悶絶しそうなほどのバリマッサージ

 

 

滝ジャンプに大満足した僕とリッキーは、ウブドへ戻るためにシンガラジャをあとにした。

 

辺りはいつの間にか夕暮れ時となり、暗闇が徐々に空を覆い始めている。

暗くなっての山道は視界が悪くて危険なので、僕たちはペースを上げた。しかし、夕日のわずかな光は山には届かず、視界が悪い。さらに、山では先程まで雨が振っていたらしく、路面が濡れている。状況は最悪だ。

 

そんな中、またしてもリッキーは狂ったようにペースを上げた。僕をぶっちぎって置き去りにするつもりなのだろうか。いや、そんなことはないはずだ。

リッキーに離されないようにどうにかついていくと、しばらくして僕はなんだか運転が楽しくなってきた。

 

よく見ると、道は頭文字D(イニシャルD)に出てくるような峠道で、勾配がきついカーブの連続になっている。頭文字Dのファンなら、この状況で攻めたくならないほうがおかしい。

そう、リッキーはバイク好きとして純粋に運転を楽しんでいるのだ。僕はすべてを理解した。

 

こうなってくると、バイクの運転歴1か月にも満たない僕ではあるが、この短期間で身につけたライディングスキルのすべてを試してみたくなってきた。

さすがに二輪ドリフトはしないが、どれくらい車体を倒せばうまくコーナーリングできるのか、コーナー脱出後のアクセルを開けるベストなタイミングはいつなのか、など、思いつくものすべてを試した。

 

ただでさえ滑りやすい二輪なのに、路面が濡れていてさらに滑りやすくなっている。こんな峠道で転倒したくはないので、体の全神経をリアタイヤに集中してタイヤのグリップ力の限界を見極めた。

 

時折、車が前方を走っていたが、加速は圧倒的にバイクが有利なのでカーブで差を縮めて、直線になると一気に追い抜くということを繰り返した。

よし、まだリッキーに離されていない。

 

峠道を抜ける頃にはすっかり真っ暗になっていた。

あとは、何回か右左折はするが直線が続くだけだ。路面も乾いている。もちろん僕たちはアクセル全開でかっ飛ばした。

すぐさま時速100キロを超えていた。

 

僕が加速し続けると、いつの間にかリッキーすらも追い越していた。

 

やった、僕のライディングの師匠リッキーを追い越した。ついに僕は師匠を超えてしまったか、と優越感に浸ろうとした瞬間だった。

スクーターのライトが照らす道路に大きな穴を見つけた。

 

僕は瞬時に減速して穴を避けようとしたが避けれそうにない。僕は衝撃に備えた。

 

ボンという音とともに強烈な衝撃がハンドルを揺らし、次にお尻にその衝撃が伝わっていった。僕は転倒してなるものかと、必死にハンドルでバランスを取り、ブレーキレバーを強く握りしめた。

勢いよくスクーターは減速してくれるが、それと同時に、スクーターの小物入れに入れていた僕のスマホと水が入ったペットボトルが、小物入れから飛び出し宙に舞った。

 

後ろから一部始終を見ていたリッキーが、僕のすぐうしろにスクーターを停め大爆笑している。

このシチュエーションでかける言葉は、普通なら「大丈夫か?」じゃないのか。それを、「ハッハッハッハ」とはなんだ。

こっちは死ぬかと思ってマジでビビったというのに、この男は笑い上戸か。

 

僕はすぐに引き返して、20メートル後方に落ちたペットボトルとスマホを拾った。

グシャグシャに潰れているペットボトルを見て、リッキーがさらに爆笑した。これがもし、スマホだとしたら全然笑えない。

 

気を取り直して走り始めたが、どうやらこの近辺の道路はあまり整備が行き届いてないらしく、ところどころに大きな穴が空いていた。

 

そのあと、物を飛ばすことはなかったが、僕はあと2回は穴の上を通過してしまい、その度に僕も車体も一瞬浮いた。浮いたあとは僕は何事もなく走り続けた。しかし、サイドミラーに映るリッキーが、僕を見て穴の位置を知り、笑いながら穴をすんなりとかわしていくことには本当に腹が立った。

バリの神様、彼にもひとつくらい大きな穴を見舞ってやってください、と何度思ったことか。

 

バリの神様に僕の願いが届くことはなく、しばらくすると僕たちはウブドに戻ってきた。

宿の駐輪場にスクーターを停めて降りると、ずっと同じ体勢をしていたので僕の体のあちこちが痛んだ。リッキーも僕と同じようだ。

 

そこで僕たちは、バリマッサージを受けに行くことにした。もちろん、今回はハッピーエンディング(「人生一番にやけた瞬間」参照)など求めていないので、ごく普通のバリマッサージだ。

 

僕たちが入ったマッサージ店は、一時間で約1000円の驚きの料金だった。

店内は薄暗くなっていて、リラックス効果のありそうな曲が流れていた。受付をして数分待つと、二人一緒にカーテンで仕切られた個室に案内された。

 

ふたり別々の部屋に案内されるかと思ったが、中にはマッサージ台が2つ並んであって、二人同時にマッサージするようだ。完全個室ではないことからハッピーエンディングがないことは確実となったが、リッキーと並んでマッサージを受けるのは、なぜだか僕は気が進まない。

 

マッサージを担当する若い女性が部屋に入ってきて、Tシャツを脱いでマッサージ台に上がるように指示してきたので、僕は彼女の言うとおりにマッサージ台に乗り、目を閉じた。

それからマッサージが始まった。

 

彼女はオイルを塗りながら全身をくまなく、徐々にほぐしてくれた。合計5時間の長距離ドライブで凝った体が少しずつほぐれていくのがわかる。なんて気持ちよさだ。

 

女性が僕のふくらはぎから太ももにかけてほぐし始めた。彼女が僕のお尻に触った瞬間にやけどのような痛みが駆け抜けた。

彼女がつねったのかと一瞬思ったが違う。上腕三頭筋をほぐしてくれたときも同じような痛みがあった。

 

僕は思わず声を出しそうになったが、必死にこらえた。ここで声を出してしまったら、いろいろと勘違いされるかもしれないからだ。

なぜこのような痛みが走るのか、今日一日のできごとを思い出してはっきりした。

 

原因は滝からジャンプする時の姿勢であった。飛び込みの経験がない僕は正しい着水のフォームなど知らないので、勢いだけでジャンプしていた。

 

着水時に僕は、反射的に、柔道の受け身を取るときのように両腕を開いていた。そして、落下中にバランスを崩したことでお尻を突き出してしまった。その結果、ジャンプする度に水面に両腕とお尻を強打していたのだ。

着水時には水面に当たる面積をできるだけ小さくしないといけないのに、僕は真逆の方法で跳んでいたことになる。

 

肩や腰など、強打していない部位をマッサージされる分には、本当に快感であった。しかし、腕とお尻を触られる度に僕は悶絶しそうになった。スクーターの穴ぼこジャンプで生き残ったが、危うくマッサージでとどめを刺されるところであった。

まあ、僕をマッサージしてくれたお姉さんがなかなかの美人だったので、それも悪くないとは思ったのだが。

 

 

アグン山登頂後とは違って、今回は体の疲労が極限まできていたので、マッサージのあとは夕食を食べゆっくりと宿で休んだ。

 

 

 

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